フランス風懐石料理中華風: 2014-07

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2014 7/30 第51回 秋季大学 受講申込 受付中



 この数年間、欠かさず参加している四天王寺秋季大学が今年も開催されます。
場所は四天王寺本坊 五智光院で、めったに入ることのできない場所でもあります。
開講挨拶 12:50~13:00 瀧藤 尊淳(四天王寺 執事長)
第1講目  13:00~14:20 千田 稔 先生(奈良県立図書情報館館長)
『亀について考える-飛鳥酒船石遺跡・中宮寺天寿国繍帳・四天王寺亀井堂-』
第2講目  14:40~16:00 筒井 寛昭 猊下(華厳宗管長・東大寺別当)
『東大寺創建と復興』
第3講目  16:20~17:40 小野 功龍 先生(相愛大学名誉教授[元学長]・天王寺楽所雅亮会楽頭)
『「秦姓の舞」~天王寺舞楽の特質』
■お申込み


2014 7/26  8代目愛車 ランディくん♪

8代目の愛車のランディくんとご対面。

灼熱の日、無事に納車式(笑)をすませてきました。




 で、新旧のランディくんと記念写真を撮影して、7代目から8代目へと乗り換えです。


 


ランディはニッサンセレナのOEM車なので特に宣伝もされていないので、
街中でめったに出会うことはありません。
2013年は セレナ96,407台に対して1,555台。
セレナと違い、グレードも3種類しかありませんが、スズキならではの良さがあります。

 第一印象は「車って電化製品なんだ・・」って感じさせるくらいに装備が色々あり
頑張って乗りこなすようになりたいって思っています。

今回の購入タイミングではモデルチェンジしたノアという選択肢はありましたが、
やっぱりランディが好きっ!

今回でスズキアリーナ内環店では4台目の購入で、私のカーライフの半分はこのお店でお世話になっています。これってやっぱ【人】なんですよね!
前任のご担当者さんから、今のご担当者さんいなられたときはなんとなく不安でしたが、
今ではすべてをお任せすることができるご担当者さんの気持ちが通じるサポートがあったから
この車に出会えたんだって感謝しています。今後ともよろしくお願いします。!

スズキアリーナ 内環店
http://s27227294.suzuki-dealers.jp/

2014 7/20 第33回柳谷観音・泰聖寺講談会

第33回柳谷観音・泰聖寺講談会~
太平洋改め旭堂南鷹改名披露&旭堂南青芸能生活10周年記念披露~

会場の13時をすこし過ぎた頃に到着。

ほんの数年前までは、この会場の半分も埋まらなかった事もありましたが
今ではもう常にほぼ満席。やっぱり講談ブームの予兆なのかもしれませんね。

 「太閤の生い立ち」旭堂 南斗
なんとかお聞きしたお話ではあるものの
最近は余裕を感じます^^
 
「わらしべ長者」旭堂 南舟
日本の伝承民話も講談になるのですね!しかも安芸の国から京都清水観音さんという明確な舞台設定までされていて
講談の奥深さを感じました。
 
 <鼎談> 旭堂南左衛門/南鷹/南青
 
南鷹さんの御一門入り!おめでとうございます。
講談を続けていく上で切磋琢磨が自己成長につながる大切な要素になるんですよね。
今後の御活躍を楽し見にしています。
また南青さんの13年目に向けての200万のお話(笑)大変だとおもいますが
ますますのご活躍を期待しています。
最後になりましたが旭堂南左衛門さん!還暦おめでとうございます!赤いちゃんちゃんこ姿が見たいものです^^
これからも御一門をぐいぐいと引っ張っていただき、上方講談だけでなく講談界全体の繁栄を目指してご活躍くださいませ。
 
 「初代淀屋」旭堂 南青
「龍馬翔る・勝海舟との出会い」 旭堂 南鷹
 
ご自身の創作講談の中でも非常にポピュラーなシーンを演じていただきました。
勝さんのイメージはすこし歴史をかじったものであればだれもが描きやすい人物像なだけに
自信家で江戸言葉を巧みに操る勝さんと、意気揚々と現れた竜馬がだんだん勝さんの
魅力に打たれていく、その流れが巧みでした。
 
※参照 歴史と人間 勝海舟
 
まさにお芝居の一シーンを見ているかのような講談でした^^
 
「赤穂義士外伝・天野屋利兵衛」 旭堂 南左衛門
7月3日より【びいなす見聞録 千島列島と神秘のフィヨルド・ロシア探求の旅】で
ペトロパブロフスク・カムチャッキーにいかれたとの事、いろんな楽しいお話を
聞かせていただきました。
 
後半、捕縛された利兵衛の取り調べからエンディングまでは
まさに押し殺したようなタメと情感たっぷりの講談。

途中の緊張したシーンの中に偶然にも鳴り響く雷の大音量があり場内はすごい緊張感に包まれました。




2014 7/19 歴史と人間 大給恒

大給恒(おぎゅう ゆずる)という名前を私は知りませんでした。
このお名前は維新後であり、幕末は松平乗謨(まつだいら のりかた)という名前。

幕末史は薩長を中心とした勝者の歴史であり、幕臣についてはメジャー何処以外には
スポットが当たることはありません。
それだけに魅力のある人物が沢山。この大給恒さんもそんな中のお一人です。


長野県佐久市臼田町には五稜郭があります。というかありました。。
五稜郭と言えば函館が有名ですが長野県にも存在していました。
星形陵堡式の城郭でJR小海線臼田駅下車徒歩15分くらいの場所にあります。

【佐久市ホームページ】

http://www.city.saku.nagano.jp/cms/html/entry/783/262.html





三河奥殿藩はわずか1万6千石の小大名。
大名の格式は【国主-準国主-城主-城主格-無城】で、大給松平家は無城格の大名。
領地は飛び地となっていて岡崎市の奥殿に4千石、そして信州に1万2千石。
ここでいう領地とは土地を所有しているわけではなく、年貢を徴収する権利を有しているという意味で、奥殿藩は代々平和な藩。江戸時代を通じて処刑は2回のみ。


天保10年(1839)11月13日に江戸麻布にある藩邸で生まれる。(高杉晋作さんと同い年)
幼少の頃からとても利発で秀才。
フランス語を学び、特にフランス兵学に興味を示す。

13歳で家督を継ぐ。/20歳で婚姻(下館藩主の姉)


文久3年(1863年)~1月には大番頭(おおばんがしら)⇒若年寄。そして8月には縫殿頭と出世。
幕府には番方組織があり、大番は12組で構成。主戦力を担い老中に属する。平常時はお城の番人。書院番と小姓組番は10組で構成し、馬廻り役等、殿様のボディーガード的役割で若年寄に属する。ちなみに老中は今で言う大臣クラスで奉行らを配下とし、若年寄は副大臣クラスで目付や書院、小姓組を配下としていた。

当時の若年寄の中に積極的な開国は4人。そのため元治元年1月には罷免されたものの、6月には再任されている。しかし乗謨は9月には自らが辞職をしておりそこに時代に逆らう信念を感じる。

文久2年には大名への統制が緩くなり参勤交代も各年ではなくそれよりも国防が優先となることから乗謨は信州に陣屋を移すことを考えた。これは奥殿は東海道に面しており当時の情勢から非常に争いに巻き込まれる可能性があったことやどこかに西洋式の城郭を作ってみたいという乗謨の欲求が強かったのでしょう。

そして文久3年11月には信州佐久の田野口に建設をすることとなった。これは田野口側は城郭ができることを喜んで土地を献上した。しかし藩主が不在となる奥殿藩は激怒、一時的な暴動が起こるがなんとか乗り越えて龍岡城が出来上がった。
67000平方メートル。周囲は700m程度。堀の幅は7m。この城は戦闘用ではなくやはり乗謨の趣味の延長であったのか、裏山に上ると城内は丸見えで、通常星形の鋭角部分に砲台を設置するはずが龍岡城はわずか1機のみ。

1865年 陸軍奉行に任命(5月)当時の幕府はフランスより士官を招いていたことで乗謨は直接フランス語で会話ができた。士官の胸にある勲章に非常に興味を示しこれが将来の伏線となる。
乗謨はちょんまげ嫌いだし、刀の2本差しも気に入らない。サーベル風の刀を帯刀していたらしい。

1866年(慶応2年)6月には老中に大出世。12月には陸軍総裁となる。
老中は15万石~3万石しかなれなかったので乗謨は弱小藩なので、特別的な存在。これは、長州や薩摩にあるような有能なものを積極的に人材登用するという流れがあった。

当時老中は毎日出仕していたわけではなく月番制であったために職務の質に偏りがあった。
また小藩で老中になったのは乗謨だけではなく、もう1名いた。

稲葉正巳(安房館山藩第4代藩主。3代藩主稲葉正盛の長男。)は1万石。

二人で幕府改革を着手!まずは月番制を廃止し五総裁制を導入する。
これは専門分野別に分け今の内閣組織の原型ともいえる。
国内事務総裁は今の総理大臣。会計総裁、外国総裁、陸軍総裁、そして海軍総裁となる。
また大名行列も廃止となった。

慶応2年に4月には若年寄が6人が選ばれたがなんと全員が旗本であり今までではありえない人材の登用。いわば身分の乱発ともいえる。

慶応3年4月には念願の龍岡城が完成!地域住民へらへの見学会等を実施。
そして10月に大政奉還が行われた。
そこで稲葉正巳と松平乗謨の二人は慶喜さんへ面談、有力大名らでの中央集権を提案するもNG。大政奉還では全員が王臣となるが、多くの藩主は【忘恩の王臣よりも、全義の陪臣になる】と反対の声が上がったために、慶喜さんより格大名を説得する役を与えられた。

12月9日には王政復古、そして鳥羽伏見の戦いへと進んで行く。
そして松平乗謨は老中を退役し名前を大給と改める。(2月)
新政府より当然狙われるが、「勤王のほかにニ心無し」と誓詞を提出するも謹慎。
予てから目をつけていた大久保利通は大給恒を参内させ謹慎をとかせた。

そして龍岡城は1871年に解体。その後競売にかけられ、現在は小学校となっている。

大給は明治政府へ出仕。賞勲事務局に勤務。(勲章制作に携わる)

そして明治10年には博愛社の創生に尽力。
尼崎藩主の松平忠興とともに参加しこれがのちの日本赤十字社へとなってゆく。

2014 7/19 スズキランディ C25 とお別れ

2年間ありがとうございました。

いろんな思い出をつくった7代目の愛車【スズキ ランディ C25 】と今日でお別れ。

小雨が降る朝から、撥水洗車をしてきれいにしてからディーラさんへお渡ししました。

2年で3万キロを走破!




当分は代車生活となります。

で・・・もうすぐ8代目の愛車【スズキ ランディ C26】が登場します!

2014 7/8 えぇ?・・車に乗られへんやん。。

 
いつものように早朝6時。
 
車で出勤するために駐車場へ行くと、左前タイヤでセミさんが孵化真っ最中!
 
 
 
えぇぇ?
 
どうしよう。。。
 
やさしーく見守ってたけどどうしようもない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
素手で触るのは怖いし。
 
で、ぽいっちょするのはかわいそうだし。。
 
てなことを考えながら10分経過。
 
遅刻リミットが迫ってきてるので、落ち葉でやさしくツンツンしたら
うまく乗ってくれたのでそのまま近くの木に移動してもらい一段落!
 
今日も素敵な一日になりますよーに(^^)v

2014 7/5 なわて落語会

毎年恒例の落語会。
 このメンバーで前売り2000円は絶対にお買い得!

でも大きな難点が。
 それは全席自由席なので会場2時間前に行ってもすでに10人以上並んでおられ、加熱ぎみ。
数百人が蒸し暑いロビーで長蛇の列。ようやく座席に座れた頃はもうヘロヘロ。。。
指定席にならないものでしょうか。



桂小鯛 平林
小鯛さんはおそらく3回目。田辺寄席(つる)/めふ乃寄席(強情灸)。
威勢も元気も良い 小鯛さんの良さがでていたお噺だと感じました。



桂吉弥 風邪うどん
真室川音頭の出囃子で登場の吉弥さん。
数日前にテレビを賑わした西宮県議さんや小保方さん、佐村河内さんと時事ネタをうまくマクラに
使われてお客様の心をぐっと掴まれました。また三波春夫さんの『船方さんよ』を替え歌に披露。
また夏の売り声から風邪うどんへ。おもいっきり冬の噺ですが、それでもうどん完食の演技が光ります。


桂ざこば 文七元結
まくらではなつかしい月亭可朝さんとの思い出話。 可朝さんらしいエピソードを聞かせていただきました。ネタは何度か聴いたことがある人情話の文七元結。活きな江戸っ子のキップの良さとしっとり感のある元ネタが、新町~長堀橋あたりを中心にした上方版になっていました。
それも途中でざこばさん独特の話術で笑いをひっぱりだすような演出で、しっとり感は無いものの
なんともいえない無骨ながらも人情味あふれる長兵衛さんとなっていました。


桂 南天 動物園

導入の就職条件部分や見せ場である虎の歩き方は割とあっさりと流された感じ。
「こごろうさん時代」になんどか動物園を聞かせていただいた記憶がりますがあっさり感の動物園でした。


桂南光 胴斬り

胴斬りのラストへ向かうシーンから、「みんな、ついてきてますか!」と共に『犬の眼』の噺に大きく転換。そしてまた本題のサゲに向かうシーンへ戻りました。たしかに奇想天外な噺だけにその世界観を周知させるには良い方法なのでしょう。
大喝采のうちに今日の落語会が終了しました。