フランス風懐石料理中華風: 2011-11

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20111 11/29 国会期成同盟発祥之地 ~太融寺

大阪梅田、いわゆるキタの太融寺さんは、淀君のお墓で有名。
境内にある、国会期成同盟発祥之地と書かれた碑がある。

撰文・・・

 自由民権運動は日本最初の民主主義運動であり
国会開設・憲法制定・地租軽減・地方自治・不平等条約撤廃などの諸要求をかかげて展開された

 一八八〇(明治十三)年 大阪で国会期成同盟結成
大会が開かれ国会開設の請願書の提出と国民的運動の方向が決定された

大会は三月十五日北久宝寺町喜多福亭で始まり同十九日会場を太融寺に移し四月八日まで白熱の論議が続きその後の全国的な運動の発展に画期的意義をもったまさにこの運動の舞台となったここ太融寺こそ国会期成同盟発祥の地であり、自由民権運動飛躍の場として永久に記念さるべきである

自由民権百年を契機に私たちは先人の遺業をたたえ
その進歩と革新の伝統をうけつぎここに記念碑を建て自由と民権が
永遠の真理たることの証とするものである
 一九八五年五月三日     撰文 黒田了一 


自由民権運動については下記参照

■士族たちの自由民権運動
http://sweet-mikan.blogspot.com/2011/11/2011-1119.html

2011 11/23 第1回 おばま染寿丸~大阪公演~

第1回 おばま染寿丸~大阪公演~

会場はたくさんのお客様で賑わっていました。さすが人気若手の落語会だと実感。
定刻までには、Jazzが流れるというお洒落というかなんともいえない感じでしたがけっして悪くない雰囲気です。。
さて、14時。
3人が高座へ上がりご挨拶。
まぁ、なんとも打ち合わせされていないグダグダ感はあるものの見事に生寿さんのアドリブでぐいぐいと引っ張って行きます。
今日の挨拶の打ち合わせの遅刻の話や染寿丸のきっかけ、今後の活動について会場を沸かせながら進めて行かれました。本当に息のあった3人だと感じました。

桂 福丸さん 阿弥陀池

久しぶりに福丸さんのお顔を見ました。なんだか表情がグッと絞まってこられ精悍さが加わりました。
マクラは師弟関係について。ご自身に弟子ができた時の名前をどうするか・・当然「福」はつけられないので「丸」をつけることになる。
阪急某駅のようで会場は大爆笑。私的にもツボだったりする。。さて、ネタは聞きなれた「阿弥陀池」。
うまくわかり難い言葉(抜身)や表現(左の乳房・・)を現代風に直したり割愛したりとすごく練られていると感じました。
新聞紙のくだりは深追いしないかわりに、「でこ(猫)に・・」「馬の耳に・・・」・・と反復の笑いを入れたり。
練習の成果が見える話でした。

 
林家染吉さん 禍は下

遅刻の理由はまぁ奇想天外なことでww
Qsモールやら市立病院やら、場所がわかるだけにとっても面白く聞かせていただきました。
ネタは浮気を主題にしたお話。特に女形のやわらかい表現がだんだんときつく移り変わる点は秀逸。


笑福亭生寿さん 軽業

福井の小浜へ行かれる際の車中のエピソードで、旅ネタから軽業かとおもいきや、
学校寄席で翁家 喜楽師匠の太神楽と一緒に出演された際のお話ですでに会場は爆笑。
ネタは軽業。何度も繰り返される怪しい出し物にひっかかる二人。
「一間の大鼬」「天竺の白い孔雀」「取ったり見たり」が続く前半と、軽業興行に入る綱渡り芸のいずれも見事でした。

桂 福丸さん 寝床

難しい噺なのにお見事です^^
浄瑠璃好きな旦那と番頭さんのやり取り、町内や裏長屋の者たちの会話、それぞれが鮮やかに脳裏に描くことができました。
3人に共通してなのですが、本当に上手くなられました。特に福丸さん、生寿さんはほぼデビューの頃から拝聴していましたのでその上達ぶりにびっくりです。
このステキな会がずっと続きますように。

2011 11/22 上関写真展開催のお知らせ(転載)

上関情報がありましたので転載いたします。

転載元;

「STOP!上関原発!」 メルマガ 第84号(2011.11.19)
      http://stop-kaminoseki.net/
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上関写真展(大阪・京都・神戸)

瀬戸内の玄関ともいわれる山口県熊毛郡上関町。
現地で写真を撮っている方々にご協力いただき、近年映画にも取り上げられた祝島や、

朝鮮通信使の立ち寄った上関ほか、4地区すべての風景と、くらしの写真を集めました。

関西4か所にて「上関町の風景と暮らし」の写真展が開催されます。

◆展示スケジュール

【日時】11月15日(火)~20日(日)12:00~22:00
【会場】かぜのね(入場無料)
    京都市左京区田中下柳町7-2
     075-721-4522 http://www.kazenone.org/
【連携イベント】11/18(金) 祝島茶会(トークゲスト:ないとうゆき)要予約/定員20名
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【日時】11月23日(水)~27日(日)11:30~15:00/18:00~21:30
【会場】MOMONGA(入場時、1オーダー)
    神戸市東灘区岡本1-4-17 オギタビルB1F
    078-762-7600 http://www.kcc.zaq.ne.jp/momo/index.htm
【連携イベント】11/27(日)祝島ごはん会(トーク:田邊純子)要予約/お1人様1500円(税込)
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【日時】12月2日(金)~13日(火)11:30~14:30/17:30~21:00
【会場】そば切り蔦屋(入場無料)
    大阪市中央区内久宝寺町2-7-14 
    06-6764-7074
【連携イベント】12/14(水)祝島茶会(トークゲスト:ないとうゆき)要予約/定員10名

◆同時開催

上関と朝鮮通信使ミニパネル展/上関物産物産の販売とケイトウの紙小物展

【主催】田那部工房
http://blog.livedoor.jp/atelier_tanabe49 

【お問合せ・茶会ご予約】
ateliertanabe49@gmail.com / 090-9993-9893(田邊)

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とっても開催を楽しみにしています。
大阪のに行かせていただきます^^

2011 11/20 泰聖寺講談会

2011 11/20 第15回柳谷観音・泰聖寺 講談会 旭堂南左衛門 一門会

開場1時間前に到着。すると・・あれれ? 南青さん!
え?なんで・・・?と私の頭の中にハテナマークが浮かびながら始まりました。






さていよいよ開演!前説ではいつもご住職さんがでてこられるはずが、なんと旭堂南青さんがご登場!
今日は旭堂南左衛門さんがギリギリになるかもということと、ご住職さんが用事で出られているとのこと。さすが前説では、八尾グランドホテルであった実際にあった体験談で開場の雰囲気を柔らかくしてくださいました。

黄昏亭もみじ 真柄のお秀

越前山田村でとっても力持ちな女性のお秀のお話。
うまく纏めた感のある口調で話されたのが印象的でした。

旭堂南斗 難波戦記発端

12月21日に第1回の南斗さんの講談会が開催されるとのこと。今日もなかなか印象的な手書きのチラシが入ってました。メインの南斗さん、南舟さんに南青さん、南左衛門さんが参加されますのでおもいっきり一門会ですww

木下藤吉郎が13才、矢作の橋の下で野宿。ちょうど、松平竹千代が通りかかるとのことでたたき起こされ、「いつか、竹千代におれの草履をとられてやる」と誓う。そして時は流れ・・・。

旭堂南舟 乃木将軍の墓参

マクラは近況wwいつも通りのほんわかした雰囲気の南舟さん。
で、驚いたのが、ネタになって口調のスイッチが入るのはいつもですが今日はさらにメリハリがあって、その世界観にすっと入ってゆくことができました。
この話、すっごい楽しかったです。

「おいっちにー♪の人」=「薬屋さん」という比喩がわかりませんでしたが、そんなCMがあったのでしょうか。日露戦争で沢山の部下を亡くしてしまったことに責任を感じている乃木将軍。その感情がよく現れていました。

旭堂南青 難波戦記

昨日の大雨のの時に大阪玉手山にある後藤又兵衛のお墓でフィールドワーク中だったそう。
この場所に纏わる思いで話をしおてくださいました。、
さて、ネタですが、いやぁ。。。お見事!
大阪平野のある全興寺さんにある首地蔵さんへお詣りに行っていたので、その伝承を存じていましたが、講談ではまったく初めてです。。家安に次々と襲いかかる幸村。その臨場感!幸村の七人の影武者、三好清海入道ん等々すっかり大阪夏の陣の世界にトリップしていました。

旭堂南左衛門 蘇生の五兵衛

マクラでは先日出版されました『上方伝統芸能あんない』(著:堀口初音)の出版記念パーティに参加されたとのことで、ぎりぎりになるかも?ということで南青さんが来られることになられたそう。また、南左衛門さんの師匠さん、南陵師匠さんとの様々な思いでからこのお話につなげられました。南陵師匠さんは、酔われて講談をされるときにはこのネタをよく話されていたそうです。

このお話は新聞読み(しんもんよみ)というジャンルだそうで明治初年に実際にあり新聞に掲載された話とのこと。大酒のみの五兵衛が、褒美の50銭がもらえるということで焼酎を1升飲むことに。でろんでろんに酔って帰宅。なんと、胸を強打したことで意識を失ってしまう。
あわてた奥さんは医者を大慌てで呼んで見立ててもらったが、すでに息をしていない。翌日、お葬式が行われた・・その夜になんと・。。。
もう落語にもなりそうなこのお話!第爆笑ネタです。

この泰聖寺の講談会の良さは、会が終わったあとにあります。
みんなと一緒にさまざまなお話が繰り広げられます。
もちろん内緒のお話も多いので書くことはできませんが、南陵師匠さんと米朝さんのお話は珍しいお話だったと驚きました。

2011 11/19 教科書に書かれない幕末士 士族のたちの自由民権運動

さて、今回のテーマは士族の自由民権運動なのですが、とても難しい内容で、先生もなんとか理解させようと難儀されていたようです。私なりにまとめてみます。

自由民権運動は士族の自由民権運動の流れ(板垣らの立志社→愛国社)。庶民の自由民権運動の流れ(地租改正による決起)都市民権派(嚶鳴社、東京にいるインテリ)の流れがあり混同するとひっちゃかめっちゃかになってしまいます。

さて、今日のメインの板垣退助さん。土佐の上士で乾退助。革新的な考えを持つ、会津攻めの司令官であった時に官と民の格差(政治のあり方)を感じられたらしい。(※会津はとても大変な藩で、京都守護職になったために年貢の上昇があり庶民と武士の心がどんどん離れていった藩)
基本、軍人なわけで政治キャリアが無いのが引け目であったのか、征韓論を積極的に進めています。


明治六年の政変により明治新内閣が分裂。これは 征韓論が発端で当時の政府の首脳陣の西郷隆盛さん・板垣退助さん・後藤象二郎さん・江藤新平さん・副島種臣さん、そして多数の軍人、官僚が辞表を叩きつけることになった。

そして残ったのは大久保利通さん、山県有朋さん、伊藤博文さんらが実権を握った。 新しく参議となったのは左大臣には島津久光さん、参議兼海軍卿には・勝海舟さん、参議兼工部卿には伊藤博文さん、参議兼陸軍卿には山県有朋さん、参議兼外務卿には寺島宗則さん、参議兼開拓使長官には黒田清隆さん、参議兼左院議長には伊地知正治さん。

士族の自由門権運動は、簡単に言えば、征韓論に敗れた者たちが大久保独裁政権に対し政治的に対抗したものと捉えています。
この独裁政治になる経緯に大きく遺恨を残しているのは征韓論や出身藩、岩倉使節団に参加した者と残留組であったり、明治となり失業した武士らであったりします。

M6 11/5に品川の鮫洲にある土佐藩下屋敷にあった山口容堂の墓の前で海南義社を設立し、片岡建吉、林有造らが盟約を結ぶ。この時に文官も結束してできたのが幸福安全社をM7/1に銀座で設立。

その後、板垣退助さん、後藤象二郎さん、副島種臣さん、江藤新平さん、小室信夫さん(幕末に三条河原に足利の木造首をさらした張本人・ヨーロッパから議会制度を学んで帰国)、由利公正さん、岡本健三郎さん、古沢滋さんをさそって、【愛国公党】(M7 1/12)と発展。

そして連盟で民撰議院設立建白書を左院(立法議政機関)へ提出したのがM7 1/17.

ところがこの数日間の間に事件が起こる。

M7 1/14に岩倉具視が赤坂で襲われ、危機一髪。堀に飛び込んで助かった。遺留品から3日後に犯人が見つかる(1/17)これがなんと熊市熊吉(外務省 征韓論、板垣の仲間)で犯人の9人は7/9に斬首。
民撰議院設立建白書に対し、木戸は趣旨には賛成したが時期が早いと却下。岩倉襲撃事件のマイナス要素があり、もちろん当時の政府はなんとか握りつぶそうと必死だったに違いありません。
しかし板垣さんらは、当時のマスメディアを利用し、一般に広くしらしめました。そのときに利用したマスメディアが日新真事誌という新聞でした。

※国立国会図書館サイトに掲載あり。
http://www.ndl.go.jp/modern/img_l/S004/S004-001l.html

1/17 江藤新平はこの時点では東京にはいなくて、実は名前を貸しただけで実は佐賀県で不穏な動きがあると察して向かっていた。同時に林有三も向かっていた。
林は、鹿児島で西郷隆盛と会談している。
その後、長崎にいる江藤を訪ねたときには挙兵寸前。
2/13に江藤と別れたその夜にまた訪ねて、ビックリする話を聞く。

それは岩村精一郎が大久保に任命され佐賀県令として熊本鎮撫台としてやってくるとのこと。
この岩村は東北戦争で河井継之助の嘆願書をはねつけた人で、林の実弟。

張本人の大久保利通は佐賀の乱がおこることを見通しており、1/13には軍を動かす権利を得ており、2/5には鎮圧する手続きをおこなっていた。しかも江藤を佐賀へ送れば、導火線に火がつくことを見通していたよう。

そして3/1には佐賀城を政府軍に奪還。

江藤はすぐさま鹿児島へ飛び、西郷にHELPするが却下。3/25に高知へ飛び、林、片岡に武装蜂起を説くが断られてしまう。
元司法卿であった江藤新平は在職中に犯人の手配写真を全国に配布する仕組みを作っていたが、皮肉にもこの制度でつかまってしまい、中途半端な裁判により4/13にさらし首となってしまう。大久保は笑ったらしい。その後、愛国公党は江藤新平さんや島義勇さんを中心とした佐賀の乱により江藤新平さんが亡くなり消滅。

この時、板垣退助は御用滞在のために東京を離れることができなかったがようやく3/26に高知へ帰り、4/10に帯屋町の兵舎を借りて、片岡健吉さん、植木枝盛さん、林有造さんらと設立したのが【立志社】。同時に立志学舎を設立し、商社、法律などの勉学も教えた。

一方、大久保は内務省を設置し初代内務卿に就任。さまざまな政策を実施し台湾出兵もおこなった。

この背景には明治4年(1871年)に琉球の船が台湾に漂着した際に、乗組員69人のうち、3人が溺死、54人が台湾原住民に殺害されたことが背景にある。(宮古島島民遭難事件)日本は中国(清)へ抗議したものの「台湾原住民は化外の民(国家統治の及ばない者)」との回答を得た。 明治7年には米英の反対で中止を決定するものの西郷従道(隆盛さんの弟)の指揮で谷干城・赤松則良が3000人を率いて出兵し制圧した。(牡丹社事件・征台の役・台湾事件)
立志社も寸志兵を送ろうか?と申し出たが断られた。

その後、清国駐在英国公使ウェードの調停により清が台湾出兵を義挙と認めて、50万両の償金を支払うことを定めた日清両国間互換条款を締結し終結となる。

その後、全国組織である【愛国社】となりM8 2月には大阪で愛国社合議書を提出。太融寺さんには「国会期成同盟発祥之地」と刻まれた石碑あり。実際は士族40人が集まる。要は政府に入れてもらえない士族の集まりにすぎない。
M8 1月には大阪会議の結果、板垣は政府に懐柔され愛国社は解散・・・・。

明治の歴史は幕末以上に複雑怪奇。なかなか真実への手がかりが見えない、混沌とした時代ですねー。

2011 11/16 太融寺

久しぶりに大好きなお地蔵様に会ってまいりました。
お地蔵様というか・・これは「田のかんさぁ」(田の神様)だとおもいます。

右手にはおしゃもじ。左手にはすりこ木を持っておられます。

なんともいえない素敵な表情をされているとおもいませんか?
ぜひクリックして拡大してご覧ください。





前回、訪れたときには前掛けをされていましたので手が隠れていましたが
今回はなぁんにも無しでした。




この「田のかんさぁ」の向かい側には、大河ドラマで有名になりましたが
淀君のお墓があります。

淀の方(永禄10・1567-元和元・1615)
豊臣秀吉の側室、浅井長政の長女。母は織田信長の妹お市の方。
浅井氏の滅後、秀吉に養われ天正17年淀城に入る。
淀殿、淀の方とよばれた。
淀君は後の俗称、秀頼を生み、秀吉没後は大阪城に拠り豊臣方の中心的人物となる。
大阪夏の陣に敗戦、秀頼と共に自刃した。法名を大虞院英岩と寺伝にいう。明治10年城東鴫野より当寺に改装された。

梅田に行かれたらぜひおまいりしてくださいね^^

2011 11/12 第5回 大収穫祭in九度山

第5回 大収穫祭in九度山が開催されました。

今年の9月に開催されました旭堂南左衛門さんは九度山講談会へご出演されました関係で、来賓としてご招待いただきました。
で、私は会場までお送りさせていただくということで、久しぶりの早起きをして7時にご自宅へお迎え。

湾岸線~阪和道~阪南から岩出に抜けて九度山を目指しました。いつもは河内長野越えルートなのですが
どうもこのルートの方が早いようで、およそ2時間弱で到着しました。

例年にない快晴で暑いくらいの陽気になりました大収穫祭は、回を重ねるごとに大盛況!会場には朝早くからたくさんの方々が来られていて、中でもこの九度山名産の柿の詰め放題は特に人気です。また信州上田から直送のリンゴや様々な名産品が販売されていました。


10時から始まりました開会式。
沢山のご来賓とともに旭堂南左衛門さんも並んでおられます^^



【写真は、岡本町長さんのご挨拶】



【お昼は真田庵横の真田蕎麦♪】
新蕎麦の時期となりその風味を十分たのしませていただきました。
【素晴らしい秋の一日。真田庵にて。】





2011 11/11 1946年(昭和21年12月21日)南海道地震津波浸水水位


1946年(昭和21年12月21日)南海道地震津波浸水水位

JR海南駅のロータリに残る碑を発見。











昭和21年12月21日におこった昭和南海地震(M8.0)の震源は、和歌山県の潮岬(しおのみさき)の沖合い50キロの海底でした。
全国で1330人が死亡、3万5000棟余りの家屋が全壊または半壊しました。

昭和21年12月21日午前4時19分、強震が起きた。岐阜測候所の発表によれば、紀伊半島西南方の北緯123度、東経135度の海上を震央とするマグニチュード8.1の地震であった。この地震は、奥羽地方の北部と北海道を除くほとんどの地域で有感観測され、関東大震災を上回る規模のものであった。とくに強震であったのは、和歌山・徳島・高知・三重・愛知・岐阜の各県である。被害は全体で、死傷者・行方不明6603人、全半壊家屋3万5105戸、焼失家屋2598戸であった。また、地震にともなう津波は、西は日向灘から東は東京湾にかけて発生した。この地震は、戦後の復興途上にあった国民の物心両面に大きな衝撃を与えるものであった。
【※参照 岐阜市】
http://www.pref.gifu.lg.jp/bosai-bohan/bosai/bosai-oyakudachi-joho/saigai-siryo/nankaido.html
天武13年(684)、正平16年(1361)、宝永4年(1707)、安政元年(1854)、昭和21年(1946)年と、
繰り返し発生している。

2011 11/7 トマッシュ


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