フランス風懐石料理中華風: 2011-05

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2011 5/30 加古川線のラッピング電車

一瞬、自分の目を疑いましたww

「え・・?これ・・なんの模様??」じっくりと見れば見るほどよくわからない模様。

JRの加古川駅での出来事です。
兵庫県のサイトを見て判明。以下転用~

 これなんて・・無数の目が見つめてるんですよーww
ぜひクリックしてじっくりみてくださいねー。
 ↓

◆見る見る速い

加古川線を走る電車は緑の多い自然の中でひときわ目立つ存在でなければならない。われわれはわれわれを取り巻く環境世界を常に眼で認識している。
眼は見ると同時に見られるという両義性がある。走っている電車の車中より外を眺める眼。と同時に走る電車を眺める人々の眼。この両者の眼を表現するためには電車のボディに眼を描くことが、最もふさわしいと判断した。緑の中でひときわ目立つ明るい快適な色彩を背景に複数の眼を持った生き物としての電車。
現実にこの電車が美しい加古川線の自然の中を疾走する光景を想像していただきたい。きっと想像以上の美の効果を表わすに違いない。と同時に沿線各地の住民の間でもきっと大きい話題になることと確信する。


http://web.pref.hyogo.jp/nh01/nh01_2_000000196.html



◆滝の音、水の音

滝の音を耳にするといつも電車の音を想い出す。また電車の音を聴くといつも滝の水が落ちる音とひとつになる。だからぼくの中では滝と電車は分け難くひとつになっているのである。
滝の絵をよく見て頂きたい。シルエットの宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘しているではないか。われわれの時代の子供はこんなチャンバラごっこを体験している。電車はなぜか遠い昔に心を運んでくれる。



http://web.pref.hyogo.lg.jp/nh01/nh01_2_000000198.html




いずれも西脇市生まれの画家 横尾 忠則氏の作品と判明。
この2種類以外にあと2種類、「銀河の旅」「走れ!Y字路」があるらしい。
こうなったらぜひ見てみたいものです。

「見る見る速い」はこの5月15日で廃止。そして「滝の音、電車の音」は10月10日で終了とのこと。
なんだか寂しい想いがします。

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2011 5/22 田辺寄席

およそ半年ぶりの田辺寄席。ちょうど色んなイベントが重なりなかなか行く事が出来なかったあいだにだいぶ体制が様変わりしているようで。。しかも今日は運悪く大雨、それもバケツをひっくり返したみたいな雨の中の開演となりました。

開口0番 文太の前ばなし  デイリーについて

盲導犬のデイリー君についての訓練の様子をお話されました。
街で盲導犬を見かけたら絶対にちょっかいを出すことなくそっとしておきましょう。それにしても、巧みな話術の文太さん、ついついお話の世界に引き込まれ、大爆笑のまま、開演となりました。

月亭 天使 宿屋町
昨年3月に八天さんにご入門された女性噺家。桂米朝さんからすると玄孫弟子となります。
今後のご活躍を期待しています。

林家 染雀 長短
今回、半年ぶりの田辺寄席に行くきっかけとなったのがこの染雀さん。けっこういろんな会場でお目にかかっています。マクラでお話された100兆円のお話・・わたしも考えたことがあります。染雀さんのように睡眠儀式ではないですけど^^
さて、ネタのほうは気の長い男と、気の短い男が、会話をするだけのお話。どちらも描き別けられていてむっちゃ楽しかったです。
気の短い男がイライラしながら「早よ食べろ!お前みたいにゆっくりしてたら(食べ物が)口んなかで○○になってしまうわ!」と過激発言で場内大爆笑!一気にまくしたててエンディングまで一直線!

桂 文太 口入屋
先日、ご一門の枝女太さんの口入屋を拝聴したばかりでまだ、脳内にはそのときの余韻が残っていただけにこのネタはすごく楽しみでした。
同じネタでも演者さんが違うとここまで違うのですね。決して悪い意味ではなく、それぞれの味があり、また中盤のおなごしさんが身の上を語る箇所はすごいテンポが重要な箇所なんだなーって再認識しました。


林家 笑丸 湯屋番
つい2ヶ月ほど前に、平成紅梅亭東西特選落語会にご出演、その際もたしか「湯屋番」。
すっごくこなれたお話なのかその妄想中の表情が秀逸^^


林家 染雀 堀川
だだけ者(もん)のニュアンスがピッタリの大酒のみの息子、そして向かいに住むのは、親に手を上げるような気の荒い暴力息子とその母。裏長屋に住む大工の一家と話しのカギを握る猿回し・・なんと多彩で個性的な人物像が必要なお話なのでしょう。ハメモノとの掛け合いも必要、芝居の要素も必要。。たしかに難度の高いお話なのでしょう。


さて、最後はおたのしみ抽選会!文太さんが天使さんを弄るwwもう大爆笑。
なぜ、天使さんは師匠に八天さんを選んだのか・・それは男性でありながら女性像を描くのが上手かったからだそう。そこで文太さんの鋭いツッコミ!途中で染雀さんも乱入しての大フィナーレでした。

2011 5/21 柳谷観音別院 泰聖寺


「お寺は昔は交流の場だったんですよ」って言われていたご住職さんがおられました。たしかに最近の若者はお寺に行くことってないでしょうね。自社仏閣に興味がある方でもそう何度も無いでしょう。
今日は21日。弘法さんのご縁日。そして明日21日は聖徳太子さんのご縁日。
ここ、四天王寺はそれはもう凄い人手で超にぎわっています。

さて、今日は大阪下寺町にある泰聖寺さんで、今回よりはじめて境内で物販が始まりました。
産地直送無農薬のお野菜と手作りの雑貨関連の2店でスタートです。私もさっとく、シイタケ、じゃがいも、たまねぎを頂戴しました。

ご住職さん曰く、その昔、毎月21日は時間をかけてこの大阪のお寺を皆が参拝されていたそう。
四天王寺さん、一心時さん、閻魔堂さんや愛染さん・・。なんとかそんな良き風習を復活させる為にはそれぞれが工夫を凝らすことが大事なのでしょう。
今日は、ご縁があり、法要に参加させていただきました。

我が家の本家は本来、浄土宗なのですが曹洞宗で法事をしていただいています。そして今回久しぶりに浄土宗のお経を聞かせていただきました。数ヶ月前にこのご住職さんよりご紹介いただきました「西山聖人」(ひろさちやさん著)を読ませていただいたことがあり、その言葉の重みが私の脳裏をよぎっていました。

この泰聖寺さんは、眼病平癒にご利益がある観世音菩薩さまをお祀りしており、あの坂田三吉さんが、眼病を患った際に、奥様がお百度をされたご縁のあるお寺で、なんと天然の井戸が今でも沸いており金龍水と呼ばれています。
今日は護摩木に願いを記述するように言って下さいましたが、あまりに凡人の故、悩みが多すぎて書けなかったww

2011 5/17 得意澹然 失意泰然

明の時代 崔後渠(さいこうきょ)さんの詩、六然訓(りくぜんくん)

日曜日の午前中に流れているラジオ番組で聞いたとってもいい言葉の覚書。

自処超然(じしょちょうせん)
人処藹然 (じんしょあいぜん)
有事斬然(ゆうじざんぜん)
無事澄然(ぶじちょうぜん)
得意澹然(とくいたんぜん)
失意泰然 (しついたんぜん)


自処超然(じしょちょうぜん)
モノに執着し、拘ると人が離れてゆく。一段高いところにたって物事を見るためには
モノにとらわれることの無いようにすること。

人処藹然 (じんしょあいぜん)
草木が伸びてゆくような、なごやかで優しい気持ちで相手に接すること

有事斬然(ゆうじざんぜん)
なにか事が起れば、いつまでも悩むことなくすみやかに処理すること。

無事澄然(ぶじちょうぜん)
事が無い時の心は済みわたっている。澄みわたっているからこそ自由な発想ができる。


得意澹然(とくいたんぜん)
得意になっているときこそ、水が流れるように静かにすごすこと。

失意泰然 (しついたんぜん)
失意のときこそ泰然と構えることで別の角度から眺めると違うことに気付く。

瞬間湯沸かし器のような私には到底無理かなー。
それでも希望を持っていたいものです^^

■5月22日 龍谷大学創立記念降誕会でひろさちやさんが講演

常々、ひろさちやさんの講演会があったら聞いてみたい!と話していたのを秦聖寺のご住職さんが覚えてくださっていてその情報をくださいました。
せっかくだったのですが他所の予定がきまっていて実現できませんでした。
ご住職さんに感謝するとともに、いつかかならずお話を聞く事ができると信じて楽しみを先に延ばすことにします。
 

龍谷大学は5月22日午後3時から4時30分まで、京都市伏見区深草塚本町67・同大学深草学舎顕真館で、第90回創立記念降誕会宗教講演会を開く。
宗教評論家・ひろさちやさんが「親鸞聖人を語る」をテーマに講演する。
無料。定員300人。往復はがきでの申し込みが必要。1枚につき2人まで応募可能。締め切りは5月10日。
往復はがきに▽郵便番号▽住所▽名前▽年齢▽性別▽電話番号を記入し、「〒612―8577京都市伏見区深草塚本町67 龍谷大学第90回創立記念降誕会実行委員会」まで。
(問)同実行委員会 電話075(645)7863。

2011 5/15 三国・アシスト亭

第9回 三国・アシスト亭  
場所:三国・喫茶アシスト  (地下鉄「東三国」徒歩5分/大阪市淀川区東三国6-28-9)
(¥1500/飲み物・おやつ付)

定刻になりマスターからのご挨拶で始まったアシスト亭。もう9回目なんですね。継続は力!ぜひ今後も続けて行って下さい。尚、次回は8月に開催。

旭堂南舟:松浦壱岐守
晴天に恵まれた今日・・なぜか真冬のお話でした。さて、ネタは赤穂義士伝よりの抜き読み。
寒く冷え込んだ元禄15年12/24・・松浦壱岐守は自分の布団の中に女性を入らせておいて「生き炬燵」としていたらしい。なんかすっごぃ気分悪いwwけれどフィクションだと信じることにする。
さて、この夜半・・遠くで太鼓の音が。。さっそく家臣を呼びつけ様子を見に行かせると、吉良邸て討ち入る為に四十七士が参集している真っ只中。武士の情けでそっと屋敷へ引き返し状況を話し知らぬ不利を決め込むはずが、上杉への注進を行う為に放たれた武士が松浦壱岐守の屋敷の溝にいることを発見してしまうことに・・。


桂 さろめ:雑俳
設定がわかんなくて中々世界に入れなかったが、どうも中年男性のところに26歳の女性が訪ねてゆき、四季それぞれの俳句の手ほどきを見事にスカタンに理解する話。
加賀千代女の有名な句もモチーフに使われた。
どうも黄色のキティー柄着物に赤い帯に目が行ってしまう。

旭堂南左衛門:鮫川の渡船場 扇の掟
珍しいことがありました。この無茶修行の会ならでわの事、お風邪を召され強力なお薬を飲まれているらしく、ネタが飛ぶ恐れありということでネタ変更になりました。
<王将・坂田三吉>のネタおろしの予定を<水戸黄門漫遊記 鮫川の渡船場 扇の掟>です。

舞台は現在震災で大変な状態になっている相馬いわき平の鮫川の渡船場。
ご老公一行の奥州路編。鮫川の渡し舟になんとか乗りこんだが、川の半ば手前まで来たところで
元の岸から船を呼ぶ2人の武士。
公儀の文章を運ぶ「御用飛脚」を優先する掟があるということで岸に戻り2人の武士だけを乗せて対岸まで送らねばならない規則とのこと。このとんでもない規則にカチンときたご老公。2人の武士を高手小手に縛り上げ、地域の大名の白井右内へ手紙を出すことに・・。


笑福亭仁嬌: 鹿政談
久しぶりに楽しませていただいた大好きなネタ。
どうしてもこのお話のポイントの「豆腐屋の六衛兵さんのつくるおからはきらずという名称がある」ということですが、「きらず」とは本当に言うのかいつも気になっています^^
悪役の塚原出雲が河内播磨になっていたバージョンは初めてでした。
また奈良奉行松本肥後守は、常々、人の命よりも鹿の命の方が重いということに疑問をもっており、今回の裁きが初回、しかも下手人は正直者の六衛兵さんをなんとかすくってやりたいという気持ちがよく伝わってきました。
奉行が河内播磨に怒り口調で「だまれだまれー!」と言うシーンで運悪く携帯電話が鳴ってしまうハプニング。「携帯もだまれー!」が追加されていました。
一番の聞かせどころで携帯が鳴るとほんとに興ざめですね。聞く人のマナーというか・・携帯を鳴らさないのは常識。。
サゲは「きらずにやるぞ」(首を示しながら)「マメにくらします」(ほっとする表情)。

桂 枝女太 口入屋

聞かせどころは、「口入屋からきた新人のおなごし」が「ご寮さん」に対し自分のスキルを控えめに話すところ。
針仕事でしたらひとえもんがひと通り、あわせがひと通り。綿入れ、ひと通り、羽織に袴、襦袢、十徳、被布コート、トンビにマント、手甲脚絆、足袋、そのほか針の掛かるもんでございましたら雪駄の裏皮、畳の表替え・・この調子で何十種類も自分の出来ることをまくし立てる。今回はじめて聞いたフレーズでは「潜水艦の沈め方」が加わっていました。
またこの噺は今は使われない言葉をいかに解説するかが悩ませところで肝心のラストシーンに向かうところで難儀な表現がでてきます。

1階から2階へ上がるのを防止するため、2階側から階段に蓋をすることができる機能を「ゴロゴロ」。壁に対し垂直に埋め込まれている木(腕木)の上に食器や調味料を載せる棚(膳棚)、1Fと2Fの間の空間に薪を直しておく場所を薪山(きやま)。上手く説明されていて、わかりにくいオチの情景を丁寧に表現されていました。

別嬪の女子(おなごし)に自分の権力を匂わせる番頭との会話のくくりで使われる「どがちゃが、どがちゃが」。今は使われることのない古きよき、とんでもない単語なんですねー^^

2011 5/14 教科書に書かれない幕末史 ~日本の形

前回の講義の後、造幣局通り抜けから親睦会があったが、私が数日前、階段から落ちて腱板損傷。医者から安静の言いつけがあったので涙を呑んで参加を断念・・。一坂先生を初めカルチャーの顔なじみの方々から「大丈夫なん?」「お大事に」と優しいお言葉を頂戴しました。本当にありがたいことです。

さて、前回の講座の内容にありましたが、日本の首都はいまだに書類上では京都が首都であり東京を首都とする勅は発せられていない。ドタバタの新政府は外圧からどう日本を守り、どう国を発展させるのかにやっきになっている。すなわち、幕府が無くなった今、中央集権体制を確立することが大命題!その具体的な方法が版籍奉還と廃藩置県。

明治元年閏4/1 府藩県三治の制が発せられる。ちなみに府は集まるという意。
府は城代・京都所司代・奉行の支配地、藩は、大名の所在地、府は城代、所司代、奉行の支配下にあるところで、分権エリア。県は郡代、大寒の支配下にあるエリア。県(あがた)の意味で領主のいるところ。
府に知府事、県に知県事を置いた。

この考え方でまず2府6県でスタートした。
わずか1ヵ月後は3府4県、そして数ヵ月後には2府6県ところころと体制が変わる朝令暮改な迷走ぶり。
その名称も 知府事→府知事であり知県事→県知事となる。(知は司るの意味)
ちなみに大阪の知府事は、醍醐忠順(だいごただゆき)で公家出身、2代目はあの土佐藩の後藤象二郎。後藤氏曰く、自分は土佐藩ではなく朝臣だと発言している。

藩を早く無くすことが中央集権国家を作ることにつながるとの思いで活躍するのが木戸孝允。
長崎から京都へ戻る途中に毛利敬親へ版籍奉還を進言する。この進言の理論がなかなユニークだったらしく、毛利が武家政治を推進したのだからその責任を取らねばならないということ。これは実は平安時代に遡り、毛利の祖先が一品親王に由来することにある。元々は神奈川の厚木にある毛利に由来する。

7/23京都で再度木戸孝允と毛利敬親が会談し版籍奉還の内諾を得る。ただし薩摩もちゃんとOKをとりなさいという条件付。
そこで8月には大久保利通へ根回し・・その上、土佐、佐賀の各藩へも通知され9月には土佐、佐賀、長州、薩摩は版籍奉還実施の許可を得ることに成功する。
実は各知事たちは大きな勘違いをしていた。藩主から県知事へとスライドしたがこれはもちろん世襲制であり自分たちの地位は安定だと考えていたから。実はこれは大きなまちがいで、木戸孝允はこの世襲制は猛反対!コレに対し、大久保は県知事である藩主入れ替えはNO!そしてついに、決定した・・それは、初代県知事のみOKで2代目からは入れ替えることとなった。これにより藩の権力は大幅に減少する事となる。

すなわち府藩県三治の制の本来の狙いは、1本づつ柱をはずしてゆくように藩をつぶしてゆくことにあった。

ちなみに薩摩は明治2年8月には門閥を打破。家格を廃止し全員を士族とする。(200石以下は加増し均一化)そして各隊長が民政をかねる士族王国の設立を目指していた。また長州は戊辰戦争から凱旋してきた兵隊の組織を解体し、およそ3000人の大リストラを決行、脱退騒動が起こってしまう。

この時点の中央政府は権力はあっても、まったく武力は持っていないことから明治3年閏1/15に岩倉具視が勅使となり薩摩と長州の実力者を迎えにいくことに。島津、毛利、そして西郷も政府に取り込んだ。明治4年1月には山口に行き、木戸と合流し毛利を誘ったが失敗。このすぐあとの3/28には敬親は病死してしまう。その後、土佐で板垣と合流し2/3には東京に全員集合!豪華メンバーが一同に参集した。
2/13には薩摩、長州、土佐より新兵を集め6/中には1万人近くの新政府初の軍隊が組織された。
6/25には西郷に参議になるように説得し、その上で木戸は廃藩置県を進めるが西郷は大反対。士族王国を目指すには廃藩置県は不要と考えたからなのか。そこで木戸は兵部省のTOPの山県有朋経由で西郷を説得、すると彼はOK.なぜ西郷は簡単にOKしたのか・・・。
明治4年7/14廃藩置県がいきなり実施。その勅はわずか200文字の簡単な内容。当然、全国から不満が噴出すが、西郷さんがこれを次の言葉で簡単に抑えてしまった。
「反対する藩があれば私が鎮圧する!」実際はいずれの藩も戊辰戦争で経済が疲弊、その上、この明治2年は大凶作だったのが幸いした模様。

明治4年に岩倉使節団がアメリカへ行き、同行していた伊藤博文はかくのごとく演説した。
「1発の銃弾も1滴の血も流すことなく政府が樹立した!」彼の認識はその程度だったのでしょうか。

いろんな事件を繰り広げながら日本に県が形成されている明治前半の時代でした。

※参考書籍 宮武骸骨 府藩県制史 S16発刊

この文章は一坂先生のお話をもとにして私が加筆していますのでご注意ください。

2011 5/11 講談考

旭堂南半球さんが破門され、名を新たに、七井コム斎とされたそうです。お目にかかったことも、実際にガンダム講談を聞いたこともありませんがやはり気になります。そこでUSTで開設されているサイトの【チャンネルZHK】を早速拝聴!
その内容によりますと、10年間やってきた名前をこの5/5をもって止めたとのこと。その原因は講談でいう主君とソリが合わないということ。色んな事件があったが根本的には講談はつじつまを合わせればそれで良いという考え方に加え、理屈っぽさが加わりどんどん、講談が面白くなくなってしまい意見したところ「お前、止めるか、それとも俺に従うか・・」という話があったそう。

《講談は血湧き肉踊り、楽しいそしてほろっと・・、とにかくおもしろい、とにかく楽しい、とにかくワクワクするというのが僕の目指す講談》


七井というお名前は過去の放送のサムネイルに偶然表示されていた名前とのこと。まさに運命を感じられて決められたとのこと。名前は中身がついてくればいくらでもシックリくるものだとのこと。

私にはわからない芸人さんの世界、それでも破門や除名等・・色んなニュースが飛び込んできます。
おんなじ上方文化の継承者で、その目的は、それぞれの芸が更なる高みを目指し、そして全体が隆盛を極め次世代に芸を受け渡していく・・・そんなおなじ目的をもっていても手法は様々なはず。たしかに波風立てずに行くことだけが決して正しいとは思ってはいません。でもきっとそれだけの原因があったのでしょうね。

私が講談ファンになって今でも、やっぱ講談って小難しいって感じています。たしかに、登場人物や時代背景は今の若年層にとっては敷居が高いのだとおもっていますし、落語のように噺の中で何度も笑う箇所はありません。そんな解釈の中で、今の私に何ができるかって考えて見たら、そりゃ、誰かを出来るだけ誘って頻繁に講談会に行く事に尽きるとおもいますが、残念ながらそんなに裕福ではありませんww
私にできるのは、マメに書き続けているBLOGに、実際に聞いた講談のストーリーを初めて聞く方に対して興味を持ってもらえるような文章で書く事かなって考えています。
実際のところ、私が講談師を目指しているのか、それとも脚本書きを目指しているのか、また10年後はどうなっているのかわかりませんが今は上方講談の世界にどっぷりと浸かっていたいので微力ながら上方講談の隆盛に強力したいとおもいます。

BLOGやサイト運営やTWITTER・UST等に至るまで色々なメディアを使いガンダム講談という切り口で若年層に圧倒的なファンを持っておられる七井コム斎さん♪いつかお会いできることを楽しみにしています。そして新しい門出を心からお喜び申し上げます。七井コム斎さん♪ご活躍を楽しみにしています。
※勢いにまかせ書きました、乱文失礼。しかしまぁ・・ガンダム世代な私なのですがまったくわかんないのです・・ガンプラを鉄砲のプラモデルだと信じ込んでいたくらいです(;・∀・)

2011 5/7 第12回 柳谷観音・泰聖寺 講談会 ~日本一の兵 真田幸村特集

第12回 柳谷観音・泰聖寺 講談会 ~日本一の兵 真田幸村特集

1614年(慶長19年)12月。
いったん、徳川方と和議が成立。しかし家康は密かに豊臣を攻撃するチャンスを待つ。
そしてついに2回目の大坂での戦いが勃発。
すでに堀は埋め立てられておりこの戦いは圧倒的に不利な豊臣側。勇敢に様々な箇所で戦いが繰り広げられてゆく。
樫井川、道明寺の戦い、八尾・若江合戦、を経てついに最終決戦へと繋がる天王寺・岡山合戦が繰り広げられてゆく。
そしてついに5月7日の深夜、大坂城が炎上し大坂の陣が終結し、いまから396年前の今日、大坂城落城した。そんな日の講談会。難波戦記特集でした。

定刻になりご住職さんより、坂田三吉さんツアーの告知がありました。
坂田三吉氏は生誕140周年。この泰聖寺さんの境内にある金龍水の井戸で妻のこゆうさんがお百度を踏んだというご由来のあるお寺のご縁があります。毎週土曜日AM9:30~開催。ご興味のある方は TEL072-247-8280 NPO法人ヒューマン・ライツ・アドバンス・堺へお問い合わせください。
また、今月5/28には一斉ロードショーで手塚治虫氏の「ブッダ」が公開になります。これは多分見に言うかもしれません^^

前講  白夜亭一林  「般若寺の焼き討ち」
大阪の陣が勃発、暗がり峠を越えて大坂入りの予定の家康の今夜の宿は般若寺。夜中に厠で行った時に物置から登る火の粉を目撃。なんと薄田隼人兼相(すすきだはやとかねすけ)の登場で逃げ出す家康。般若坂でついに落馬し絶体絶命の大ピンチ。そこに現れたのが徳川家康の重臣・本多忠勝の息子の本田忠朝(ほんだただとも:一心寺のお墓があります。)薄田隼人兼相との一騎打ちが始まる。この隙に這いつくばって逃げる家康は、乞食のえいじゅんにおんぶされ脱出に成功。ようやく奈良の町の桶屋職人の三衛門のお尻の下にある木屑を入れる箱の中に身を隠し仲間が来るのをひたすら待ち続け・・そこに現れたのが真田幸村公・・さて家康はどうなるのか。。。
旭堂 南斗  「大助駿府の使者」
独特の味のある南斗さん、マクラでは学生時代に自分と同じ風貌の人と出会ったお話。
たしかに・・気色悪いですよね。
大坂の陣では真田兄は徳川方、弟は豊臣方へついていたのは有名な話。
家康はなんとか幸村公を仲間にしたい。そこで兄の真田信之公に弟を仲間にするように命令する。実はこれは狙いは幸村公は仲間を裏切るかもしれないという流言の計を狙った家康の計略だった。
見抜いた幸村公は息子の大助を家康に会わせるように準備をしひそかに暗殺を企てる・・。

旭堂 南舟  「霧隠才蔵」
霧隠才蔵はイケメンだったらしい。南舟さん曰く、向井理さん風とのこと。
関ヶ原の戦いに負けた西軍。その戦いに加わっていた昌幸公・幸村公は高野山に蟄居することとなる。そのための資金調達で奉願帳をまわすことに。筆頭には福島正則3000両、2番手には黒田公が3000両と、大金をもって九度山へ。この九度山での生活は大変厳しいもので父と、妻を亡くしてしまい幸村公は落胆もはなはだしくまるで「あほ」のようになってしまう。その様子を知った家康公は、幸村公の狙いを悟ってしまう。今のうちに幸村公を始末せよと指令を出し、紀州のおかかえ忍者の山本九衛兵を差し向けることに。家康の予感は的中。昼間は「あほ」のような姿を見せておき、夜になると大助とともに大坂城の見取り図で研究をしていた・・・。
その様子を知った山本九衛兵は・・・。
旭堂南左衛門  「槍摺りの鎧」
冬の陣が今にも始まろうとしている前日、穴山小助と二人でみさき舟に乗り南へ行く幸村公。狙いは家康の暗殺であった。
住吉に本陣を置く家康はそれぞれの陣を見て回る途中に偶然にも旗が折れたことで良くないことがおこることを知る。その身代わりで、穴山小助が放った短筒で米倉泉守が胸を打ちぬかれてしまい、九死に一生を得る。そんな事があったのだから見回りは中止すればいいのに無理に決行したばかりに、次から次へと襲いかかる豊臣勢にもはやこれまで・・・身を隠した場所に槍を突き立てる幸村。切っ先が家康の鎧を肩口を3度かすめる・・・。そんなときに現れたのは・・・。

さて、この会が終わったあとは、来場者の皆さんも交えてのお茶会。実際はビールも日本酒もありましたが、残念・・私・・車なんです(T.T)

また今日のお客様の中に信州上田からこられた方がおられまして、その方々のお話にあった下記のお写真を掲載しておきます^^















2008/10/10 上田城友好城郭。堅く握手をする平松市長さんと母袋市長さんとOSK日本歌劇団の桜花昇ぼるさん。











2009/12/20 豊国神社に幸村桜の植樹。九度山町の岡本町長さん、上田市の母袋市長さん、OSK日本歌劇団の桜花昇ぼるさんらご関係者のみなさん。

しかし・・まぁ・・・当分、私の歴史オタ+講談熱!治まりそうにありません^^

2011 5/5 真田庵 真田三代法要

毎年5月5日は、和歌山県九度山の真田庵で真田三代の法要に参加することになっていて
今年で5回目の参加。。例年は雨空の中での法要だけど本年は珍しく曇り空から快晴。
そんな好天に恵まれた法要も今年は法要後の真田祭が自粛ということで本当にひっそりした法要となりました。
信州上田市からの来賓をはじめ役所、商工会やOSKの方々等、通年は30名くらいの方々が仮設テントの中のパイプ椅子にすわり、10人近い僧侶の読経があるのですが、今年は写真の如く。なんとひっそりしたことか。正直、ちょっと拍子抜けしてしまいました。
実を言うと私たちも「今年はどうする?」の話がありましたが、「こんな時だからこそ参列させていただこう」と参加させていただきました次第。それでも参拝されていた方々を初め、多数の方々にお焼香をしていただき、なんだか一安心。
そんなひっそりとした法要に比べ、、九度山町の駐車場は朝早くからいっぱい!どうやら町家の人形めぐりの最終日ということで家族連れやカメラを提げた方々が沢山。また高野山から沢山の僧侶が托鉢修行にお見えになっていて、あちらこちらでお経が聞こえる、そんな一日でした。

2011 5/1 第64回 生野弁天寄席 成恩寺落語会

開場20分前に到着。
いつ降り出すかわからないような、そんな天候の中すでに10名近くが並んでおられました。さてこの会場は生喬さんも自ら言われるように解りにくい場所で最寄り駅の環状線手寺田町から歩くと30分くらいかな?本堂は10分前には全席が埋まり、急遽座布団を追加しなんとか全員が座れた様子。人気の寄席の証拠でしょう。





月亭 八斗 :動物園

初めて拝見、月亭八方さんの5番目のお弟子さんとのこと。見た感じは今風のお兄さんでお洒落な髪型→髪型落語家だそう^^
さて、マクラでは、NHK「あほやねん、すきやねん」へ出演した際のゲスト、漫才の「スマイル」ウーイェイよしたか氏そっくりの話し方で、そのときの状況を再現。
ネタはご存知動物園。
「わかりました。ほないってきます」のセリフまですべて一人語り独白。中々意表をつく導入部分でした。
虎の皮を被るシーンで「髪の毛(のスタイルが)くずれるー」「雌のトラは?(いてへんの?)」「園長の虎の穴講座!」等、また子供の食べ物を頂戴するシーンでは、〔バナナ〕で、その子供がお猿さんそっくりで、ウーイェイよしたか氏だったという設定。なかなか随所に工夫はみられ、今後の成長に期待します♪


笑福亭生喬 :野崎詣り

もう、マクラから最後までずっと笑いどころ満載!
ネタでは割愛されることが多いシーンも再現。超満足!
おなじみのサゲには歴史があり享保5年「軽口福えくぼ」の中の「喧嘩はどうぢや」。背の大小をネタにして「山椒は小粒でひりりと辛い」の記述が出てくるそう。
※上方落語の歴史 S33発行 前田勇著


林家花丸:鷺取り

過去、この寄席には15回登場。そのたびに戴くタクシー代のお釣りが5000円を越えたらしい。
さて、生喬さんとは宝塚友達。恒例の「ロミオとジュリエット」のレビューシーンの歌を再現。しかも2回目は桂一門と笑福亭一門の対決に置き換えて歌われました。
場内大爆笑!
商売根問い部分の雀取り部分では「5匹の雀でかっぽれ」「落語をする雀」等、さてそのネタは・・。

終盤の「俄」の部分は無かったものの、境内に集まった色んな屋台の中の一つ、素人かくし芸大会が伏線となり「トリをとったらろくな目にあわん!」という初めてのパターンのサゲ。

江戸では「雁とり」。また所蔵の本では舞台は京都の八坂さんの塔。いろんなサゲがあり、大布団の四隅をもったお坊さんが空中に飛びあがったり、また不幸な結果になるタイプであったり様々。しかしまぁ、今回の素人かくし芸大会が伏線とは、予想外でした^^


笑福亭生喬 :江戸荒物

三重県県民性の話から色々と話が膨らむ生喬さん。
北部、中部、南部と色んな県民性が絡んでいるお話から「江戸荒物」へ。
通例であれば「釣瓶縄」を買いに来る女中が、今回は「柄杓の柄」を買いに来る設定にして「四尺もいらない、一尺で良い」がサゲ。

次回は7月30日。絶対に見逃せない寄席。爆笑できる帳オススメの寄席です。