フランス風懐石料理中華風: 2010-04

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◇2010 4/29 どっぷり昭和町

昨年に続き昭和の日はどっぷり昭和町。大阪市立苗代小学校での出前田辺寄席で楽しませていただきました。
昭和町は私が小学生の頃、頻繁に通っていた場所なので色々と思い出いっぱいの場所。いまではずいぶん様子が変わりました。
今回のお目当ては第二回目、第三回目ということで久しぶりに朝はゆっくりです^^




会場に到着した時のタイミングで、第一回目のトリの桂文太「鷺取り」から
聞かせていただきました。
マクラは、竹取物語のサゲについて。ホントなのかどうか・・よくわかんないですが、これも文太さんの魅力なのでしょうか。
さて「鷺取り」です。
この話を聞くたびに楽しみにしている箇所は四天王寺さんの五重塔の上に捕まったところから始まる<にわか>の箇所。
ネタばらししない程度に個人的な覚書として記載しますと、「いもりとかえるのけんか」「最近の地震の震源地は竹田はん家の縁の下」
はじめて聞くネタでしたww

・どっぷり昭和町~第二回公演

開口0番は出囃子について。
前座さん用の石段は有名ですがその他に、二つ目用の赤猫、文枝氏の郭丹前、雀三郎さんの出囃子のじんじろを聞くことができました。(漢字があっているか疑問です)
途中に何度も文太さんの弄りが入って笑いを誘います。

笑福亭呂竹「狸賽」
主人公に助けてもらった小さな狸が、店先に吊ってあるサイズの大きなサイコロから小さいサイコロにまで大きさを変えるそのリアルな目線運びで狸の大きさや存在を感じることができました。話しのほうも楽しませていただけました。

桂文太「善哉公社」
このお話は、先代の春蝶さん版を聞いた記憶がありそれ以来です。ひょっとしたら昔懐かしいパルコ10円寄席?だったかもしれません。
当時聞いた内容が鮮明によみがえり、そこに文太さんの話術が加わり最後まで大爆笑でした。

桂珍念「あこがれのカントリーライフ」
初めて聞かせていただくお話で、三枝氏のエキスがたっぷり。
限界集落にやってきた夫婦が主人公。話の途中で「善哉公社」の中にも登場した病院での注射のシーンが登場。珍念さん自ら、「ここでかぶるとはおもわんかったww」で大爆笑です。

笑福亭鶴志「猫の災難」
マクラでは松鶴氏、人生行路氏と三人で飲みにいかれた時の逸話や、酔った小染氏が路駐の自転車を次々となぎ倒しながら向かってくるのをレッツゴー三匹の淳ちゃんが電信柱から見ていた話など貴重なお話をきかせていただきました。
さて、お話の方も、お酒をいっぱい堪能されるこのお話は鶴志さんにぴったり。

・どっぷり昭和町~第三回公演

開口0番では、ハメモノについて。春夏秋冬にあわせ、春は<愛宕山>夏は<忘れちゃったww>秋は<天王寺詣>冬は<池田の猪買い>
やっぱり日本人の感性ってすごいとおもいます。風景や状況描写を音で表現しちゃうんですからたいしたものです。

笑福亭生寿「花色木綿」
最近いろんな会場でお目にかかる機会のある笑福亭生寿さん。だいぶ緊張されていた様子で前半駆け足になっちゃいましたがそれでもちゃんと普段のペースに落ち着き、ワンポイントで登場人物の多いこのお話をきっちりと書き分けておられました。

桂三象「シルバーウェディングベル」(三象踊り)
昨年と同様のネタでお話の方は同じ。たしか名取さんだったとおもいますがお見事です。でも夢にたぶん・・出てくると怖いですww

桂文太「そばのご隠居」
はじめて聞くお話です。主人公のご隠居さんは蕎麦が大好物。10枚を簡単に平らげてしまうことから若い衆が蕎麦賭けを持ちかける。
20枚食べたら1分・・30枚で1料・・50枚食べたら4料とエスカレート。
<蛇含草>が登場し一気にサゲに入る。

桂雀三郎「天神山」
雀三郎さんワールド絶好調って感じの世界観がいっぱいです。独自のくすぐりも満載で大爆笑でした

◇2010 04/27 月刊 松下村塾

刊 松下村塾 って雑誌があるのを発見しました。さっそくアマゾンでvol.10とvol.7を購入。


月刊「松下村塾」vol.10


月刊「松下村塾」vol.7



ちなみに発行元は下記。
http://www.mediasion.co.jp/shokasonjyuku/


 


 

<号> <発売日> <主な特集内容> <値段>
第1号 10月27日(2004年) 吉田松陰と幕末の志士たち(在庫切れ)(プロローグ) 680円
第2号 11月27日 吉田松陰と久坂玄瑞(在庫切れ) 680円
第3号 12月27日 吉田松陰と吉田稔麿 680円
第4号  1月27日(2005年) 吉田松陰と高杉晋作(在庫切れ) 680円
第5号  2月27日 吉田松陰と入江九一・野村靖 680円
第6号  3月27日 吉田松陰と中谷正亮・久保清太郎 680円
第7号  4月27日 吉田松陰と山県有朋・赤禰武人 680円
第8号  5月27日 吉田松陰と前原一誠 680円
第9号  6月27日 吉田松陰と伊藤博文 680円
第10号  7月27日 吉田松陰と品川弥二郎・山田顕義 680円
第11号  8月27日 吉田松陰と渡邉蒿蔵・正木退蔵 680円
第12号  9月27日 吉田松陰と木戸孝允(在庫切れ) 680円



 

◇2010 4/25 第54回めふ乃寄席~昼席~

第54回めふ乃寄席~昼席~


桂 三幸「四人ぐせ」

落語って本当に難しいとあらためて考えさせられました。たとえば素人がスピーチをすると
必ずといって良いほど、言葉頭や言葉尻に調子をあわせる言葉が入ってしまいます。
たとえば「え~・・・・」とか「・・・ですよね」とか、途中、気にしだすとずっと気になってしまうものです。
またネタには一番の聞かせどころというか笑いどころがあるとおもうし。これをはずしてしまうと
どうしてもダレでしまうものです。


林家竹丸「瓦版事始」

作者の狐狸窟彦兵衛氏は小理屈?なのでしょうか^^同名でサイトがあり、拝見させていただきました。
すっごぃ面白いサイトです。だとすると、このサイトの管理人の方が書き下ろされたお話だとおもいますが
内容は、龍馬関連の話しでいろは丸の蒸気機関を取り出して田畑の灌漑に利用できる水の自動販売機の
お話ですごく奇想天外でした。


林家染左「蔵丁稚」

マクラにきっちりと大星由良助義金、塩冶判官高貞のことを伝えられたので
とってもわかりやすいお話となりました。
定吉が三番蔵に入れられてから、芝居小屋であったおっさんやお清どんと漬物石の件が割愛されたようだが
まったく問題なし。蔵に入れられてしまった定吉の芝居に対する情熱がはっきりと汲み取れました。

桂阿か枝「軽業講釈」

軽業興行と講釈師の小屋が隣同士となってしまったためにおこった悲劇・・というか喜劇。
見せ場は、軽業師が綱の上で色々なワザを見せるところが大爆笑ポイント。
下座のご活躍も見事でした。

◇2010 04/25 岡山城

◇2010 4/25 吉備津神社


長い階段の上にある山門をくぐると目の前に現れる拝殿。
比翼入母屋造のそれはもう見事な建築様式。

私が歴史ファンになった根底にある<宇宙皇子>にも登場する
温羅伝説のモデルになっています。

駆け足で参拝したあと、すぐに宝塚売布に向かいました。

◇2010 04/24 幕末の動乱 会津と長州そして岡山

会津と長州は仲が悪いと思われている。この2010年の今でもそうなのかはわからないけれど少なくとも今回のようなイベントが行われる事はありえなかったように思えますし、企画をされた一坂先生も言われていました。
会津戦争の勝者と敗者という立場でシコリが残っているのではなく、明治新政府の閣僚の決定がフェアでは無い、そんな非道なやりかたが許せないとのこと。

さて、幕末の動乱期で何が正しいのか・・何が是で何が非なのかなんてわかるはずもなくそれでも時代のエネルギーが向いた方向以外には多数の犠牲が出たことは事実。ましてや歴史を残すのは勝者であり敗者の歴史は時間とともに埋もれてゆく。歴史は双方にあるものでそれぞれを照らし合せることで真実が見えてくるのでしょう。

さてこの<幕末の動乱 会津と長州そして岡山>では会津家訓(かきん)15箇条を定め、忠実に守り通したことから始まります。
そして13代将軍家定以降のお家騒動を発端とする安政の大獄、孝明天皇の異人に対する誤解と勅許を得ることなく締結した条約~国事周旋~長州征伐・・そして薩長連動~鳥羽伏見の戦いにいたる貴重な資料が一同に集まって実際に見る事ができました。

なかでもすごい光沢を放つ土方歳三所用刀銘大和守源秀国、岡山藩に与えられた緻密で繊細なジャカード織の錦の御旗(林原美術館蔵)、そして絵馬「会津戦争の図」(築領八幡宮蔵)、そして白虎隊自刃の図(会津武家屋敷蔵)は必見です。
飯盛山で自らの刃で切腹する15人の少年。これは実際に起こった翌年に書かれた絵ということでそれは凄まじい絵でした。同時に昭和初期に書かれた絵もありましたが時代が彼達を軍国少年の見本としてすり替えたということが実際に見てとることができました。その背面に飾られていた少年の肖像画を見て思わず涙が零れ落ちました。

幕末関連の教科書や参考書に書かれている事のポイントが揃ったオススメのイベントです。




◇2010/4/19 岡山城春季特別展 幕末の動乱 会津と長州そして岡山

一坂先生めっけ!
いよいよ今週末、岡山に行ってきますお

**************引用**************
http://town.sanyo.oni.co.jp/event/detail/2010031810253571


2010/03/20~2010/05/09
午前9時~午後5時半(入場は同5時まで)。会期中無休
初公開の手代木関係資料をはじめ、対立した会津藩と長州藩、さらには岡山藩、備中松山藩ゆかりの資料約90点を展示し、幕末の動乱期の動きを紹介します。






■主な展示品:
手代木勝任の書、土方歳三所用刀銘大和守源秀国、岡山藩に与えられた錦の御旗(林原美術館蔵)、絵馬「会津戦争の図」(築領八幡宮蔵)、白虎隊自刃の図(会津武家屋敷蔵)

2010/04/18 第60回記念生野弁天寄席~成恩寺落語会~@成恩寺

・第60回記念生野弁天寄席~成恩寺落語会~@成恩寺


今回はじめてご縁がありお伺いさせていただきました。
会場となっていある成恩寺さんは臨済宗東福寺派 宝興山成恩寺
別名東福寺大阪別院とも言い弘安2年(1279年)、関白・一条実経が東福寺の禅師・奇山円然を招いて開山したのが創建の経緯と伝わる、街中とはおもえない位の静かな佇まい古いお寺です。
境内には涅槃像、天神社、そして力士の墓がありました。
また会場となったご本堂には聖天さん、弁財天さんがおられるご様子です。
また今回は60回の記念公演とのこと。いままでにない客入りであったとのことでした。

笑福亭生寿「三人旅」

キレの良い口調ですっかり安定された様子。新しいネタに挑戦され次々と手数を増やされているのが目に見えてわかります。足にマメをこしらえて歩けなくなったツレのために、3人で馬に乗って次の宿まで行くことにする3人。その馬主との交渉が見せ場。ところが変な値切り様をして馬主にどやされたあげく、逃げる破目に。生寿さんの口調は2人は普通に走られる、痛い足を引きずりながら泣きながら走ってくるツレの様子が非常に秀逸。


笑福亭生喬「次の御用日」

テレビでは何度か拝聴したことがある生喬さんの落語。
マクラでは某噺家さんの出馬について。たしかに私も疑問をもっているタイムリーな話題。そしてご自身の内弟子時代の厳しさについて。箸の上げ下ろしや食べ方に至るまで徹底的に治されることが今になってありがたいと思うそう。やはり鉄は熱いうちに打ての如く、若いうちの修行はありがたいものだと自分にも言い聞かせました。
さてネタは「次の御用日」。お白州での取調べで、奉行と天王寺屋藤吉の会話で大爆笑。たたみ込むように会場を爆笑の渦にされました。生喬さんは人様の描きわけが大変見事でこのお話に登場する、やんちゃな丁稚をはじめ、旦那、お嬢さん等の様子が見事でした。


桂都んぼ「おなつ観音」

都んぼさんは、今年のお正月に「佐々木裁き」、昨年秋に「みかん屋」を拝聴。
マクラではなかなか薀蓄のあるお話をいただけました。
同じ物事が好きな100人の中の1人に「うまい人」がいて、うまい人100人の中にやっと「名人」が1人出てくるとのこと。
なるほど。たしかにそのとおりだとおもう。
そして話は左甚五郎の晩年をモチーフにした落語。作:くまざわあかね と書かれていました。ネットでいくつか調べて見ますと、くまざわあかねさんは落語作家さんで小佐田定雄さんの奥様のよう。
左甚五郎さんを題材にしたお話は「ねずみ」「竹の水仙」がありますが、この話しをいれて3部作になるくらいしっとりとしたお話。
番頭の久七に恋焦がれた糸屋の娘「お夏」、ついに亡くなってしまう。離れたところにある長屋に住んでいる酒びたりの甚五郎にお夏の魂を呼び寄せる観音様を作って欲しいとの依頼が・・。以降省略。
笑いあり、涙ありのステキなお話でした。


桂九雀「軒付け」

前半の浄瑠璃を習って数ヶ月の男がおさらい会で大爆笑されたのを好演であったと勘違い。修行のために「軒付け」して回るというお話。このお話も繰り返しが何度も有る面白さ。数パターンしか弾けない三味線引き、鰻の茶漬けを食べたい男・・・そこに九雀さんは、小沢さんや鳩山さんを登場させた。。大爆笑につつまれて大盛況に終わりました。

◇2010/04/18 交通安全お払い ~安居神社~

今回いろんな事情で車を買い換えました。いままでは納車の日和等もまったく気にしたことの無い無頓着派でしたが先般のもらい事故があったので今回はちゃんとしようということで納車は大安を選び、そして生まれて初めて車のお払いをしていただくことにしました。

せっかくお払いをしていただくのだからと、先般からなにかとご縁のある安居神社の宮司さんにお願いに。
そして快く引き受けてくださいました。

当日は見事に快晴に恵まれ春のあたたかい陽気の中、ご神殿に上がらせていただく機会などそうあるはずもなく、身も心も引き締まる思いがいたしました。

背筋を伸ばすこと。正座すること。腰をまげて神に敬意を表すこと、それぞれの中に儀式を感じ、また宮司さんの所作はとても美しく日本古来の美学をも感じました。

お払いのために神殿に上がらせていただいた30分弱・・・。すでに足が痺れるようじゃダメダメですねww

◇2010/4/17 教科書に書かれない幕末史 ~薩長接近

教科書に書かれない幕末史  

幕府が崩壊した原因は勅許をもらうことに2回失敗したことに起因している。
孝明天皇は産業革命に成功した欧米に対してどうも誤解していたようで。
真っ赤な処女の血を飲み、肉をナイフで切り刻んで食べる・・そんな人種が欧米人であるときかされたら誰でも友好的になりたくない。
もともと徳川政権は天皇には政治に口出しすることを認めておらずその姿勢を貫き通せばよかったが、日米修好通商条約の締結の際に、勅許を求めてしまった。

この時点で天皇の下に幕府があることを自らが認めてしまう。もちろん攘夷大好きな孝明天皇は勅許を出すはずもなく、幕府は独自で条約を締結してしうことで、幕府に反感を持っている他藩に「幕府は勅許もないのに開国した」という大義名分を与えてしまう。

鎖国の際は勅許は無いのだが、責任転嫁の逃げ道を作るために天皇を巻き込んだが失敗したというわけ。

そんな幕府と天皇の間を国事周旋にせっせと励んで台頭した長州藩。ついに禁門の変にいたり朝敵の烙印をおされてしまう。第一次長州征伐は勝さんと西郷さんの会談により戦火を見ることは無くそれでも幕府の要求を呑んだことで長州に対するペナルティははずされるはずだがそれでも朝敵というマークは消えることがなく、ひたすら長州は<武備恭順>の姿勢を貫く。

そこに幕府はまたまた勇み足。

孝明天皇は朝敵の烙印をはずさない=長州が嫌い!ならば第二次長州征伐で徹底的に打ちのめす許可を求めた。当然すぐに勅許がでると誰もがおもったが、ここに盲点があった。

なぜか孝明天皇はOKしない。ついにOKしても色んな条件付で1年以上も降りることが無かった。


長い前置きになりましたがこれらの表の話に対する裏の話が今回の講義になりました。


幕府のお金で神戸に海軍学校+私塾をもっていた勝さん。禁門の変で戦った浪人も実は塾生であったことからお取り潰しになってしまう。行く先の困った勝は愛弟子を西郷にゆだねる。実は土佐藩中心でこの中にはご存知の龍馬さんや近藤長次郎さんがいた。

薩摩藩は薩英戦争により海軍の強化を命題としていたことからこれは渡りに船と引き受け、近藤長次郎さんには長崎で<社中>をつくらせる。そして龍馬には長州を探るように特命を与える。

薩摩と長州はこの時点では犬猿の仲。即乗り込んでしまうと間違いなく斬り殺されてしまう。龍馬はまず大宰府にいる五卿を訪ねる。(元七卿)五卿は長州贔屓な公家であることや、大宰府を警護しているのが薩摩藩であることから、まず安全策をとったのでしょう。

そしてついに桂小五郎と坂本龍馬の会談が実現する。
日本同士がいがみ合っていては・・云々・・。

このとき流れてきたのは、幕府が勅許をもらうために動いている情報・・。となると間違いなく戦争になる。。しかし長州には武器がない・・。

ちょうどこの時期に日本をマーケットにしいていた列強間では密貿易を禁止する約束が交わされた。
喉から手が出るくらいに武器が欲しい桂は龍馬に「薩摩名義で武器を買って欲しい」と依頼。そしてすかさず龍馬はOKと周知の事実。

日が経過し待てど暮らせど音信普通。桂さんは井上聞多さんと伊藤俊介さんに長崎の薩摩屋敷の小松帯刀を訪ねていくように指示。到着し聞いてみたが小松は龍馬?は?知らん?という返事。
それならと社中を紹介し高松太郎(龍馬の甥)・井上・伊藤の3人でグラバーに会うことが出来、無事小銃7000丁と船をGET!

ちょうどこのタイミングで小松殿が薩摩に帰るということで井上が同行。これが効果あり!で、長州と薩摩の連合について活発な話が行われ、大幅前進!

それではと今度は井上は近藤長次郎を長州につれて帰り薩摩との友好を説得。なんと毛利のお殿様にお目通りでたいそうお喜び。
この時期に毛利の父子が島津宛に手紙をおくりその内容は<万端及氷解候>
これでいままでの感情的な遺恨の部分はなくなった。
ここで気をつける点として・・龍馬は出てきていないこと!

さて、この手紙の2週間後、条件付の勅許が降りた。もう時間がない。

それでは、と桂小五郎と西郷隆盛の具体的な打ち合わせが京都で行われる。
小説では色々あったが実際はそうではなかった。

決まったことを6か条にまとめ龍馬が裏書する。
長州はこれから幕府が突きつけてくる条件はすべて蹴る!薩摩は尽力を尽くす!
これで薩長同盟が締結された。

◇2010/4/10 書き始め

今まで利用させていただいていた某BLOGサービスがいきなりの中止となってしまい急遽このサイトへ移転しました。
今までとおり、落語や歴史、日常ネタを中心に記載しますのでご興味がありましたらぜひご笑覧くださいませ。

また毎日コソコソっと過去の記事を当BLOGに移転してまいります^^

◇2010/4/10 しのぶ庵寄席

毎月第二土曜恒例の<しのぶ庵寄席>この寄席もずっと満席で世間は落語人気なんですねー。

◎桂福丸 道具屋

レギュラーの福丸さん。マクラでは色々なところへ旅行され、その中でもエジプトへ行かれた時の話を冒頭に、大阪某所にある通商「泥棒市」の話へ。ネタは通なら年に何度も聞く機会のある<道具屋>。この話はどうしてもネタが先読みできてしまう話でダレてしまうのですが、さすが福丸さん。ポンポンっとテンポよくメリハリのある話術で会場を沸かしてくださいました。
実はこの話しは、次にご出演の桂雀太さんのバージョンで先日聞かせていただいたばかり。演者さんによってずいぶん印象が代わるものだなーってあらためて認識しました。


◎桂雀太 代書屋
マクラは先日、NEETの集まりで「道具屋」をしたときの失敗。これには大爆笑。「まぁこっち入り・・まだ座布団、ぬくいやろ・・さっきまでお前の母が来てて泣いてたで・・・」って!あかんやろーww。
客層にあわせて話しを選ばなきゃww「心のシャッターが・・云々」では大爆笑でした。また、腹話術関連の団体の前で高座をしたときの話も。繰り返し韻を踏むおかしさってありますよねー。で、これでもかーってくらいに次の話題に。
噺家さんは日夜言葉に対し研鑽しているとのこと。
<松屋町>→まっちゃまち・<日曜、月曜>→げっちょ、にっちょと言葉に小さい<っ>が入る。<エチオピアの散髪屋は月曜が休み>はエッチョピアのサンパッチャはゲッチョがやすみ・となる。

さて、噺は「代書屋」。懐かしい枝雀さんの代書屋をベースにさらに独自のくすぐりが満載。
もともと古い話がベースで堤燈行列やらが出てきますが、これで時代感覚がずれてしまうところがあります。でも雀太さんは、すべて年号を隠して話されたことで誰でも昔の記憶にあるような笑いに変えてしまわれました。
主人公「とめ」の生年月日のくだりは枝雀さんを彷彿。もちろん春団治さん系のガタロではなくオチへの運びはは「ポンでぇす!」でした(笑)

さて、しのぶ庵寄席、次回は5月2週目土曜だけど、ちょっと事情があり不参加になります。また6月は開催されず7月より会場が変るとのこと。ということでこの心斎橋の会場は今日で最後となってしまいました。1年以上も毎月たのしいお話とおいしいお蕎麦をいただけたことに感謝。それよりもお店に棟方志功氏の版画がたくさんあり素晴らしい雰囲気のあるお店に行く機会がなくなってしまったのが残念です。店長さんを初めほんとうにありがとうございました。