フランス風懐石料理中華風: 2010-01

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◇2010 1/31  第52回 めふ乃寄席

めふ乃寄席を楽しませて頂くようになって今回でちょうど1年。

昨年同様に会場の13:30から錣太鼓の陽気な調べが会場入り口前に流れました。
ご出演の4人の演者さん、さすがお上手です。
 
 

 
 
 
 
笑福亭瓶成 「真田小僧」
桂阿か枝  「太鼓腹」
林家竹丸  「豊竹屋」
家染左 「ためし酒」

 
笑福亭瓶成さんはご入門7年目とのこと。
前回は「しのぶ庵」での「書割盗人」(2009/10/10)でも妙にばたついたところがありましたが
今回もすこし緊張されていたのかなかなかペースがつかめないご様子。ネタに
入ると一定のテンポでさっと流すも、会場は充分にあったまりました^^
「真田小僧」も残念ながら真田である部分には触れずに
落語のタイトルだけが宙に浮かんでしまい残念でした。

桂阿か枝さん「太鼓腹」

 
昨年行われた変わった場所での寄席のお話をされました。このときのチラシをたまたま見ていましたがたしかにユニークな場所のようです。(AIR大阪:http://www.namura.cc/air.html
さてお話は「太鼓腹」。前に「NHK 日本の話芸」だったかとおもいますが聞き覚えのあるお話。
妙ないきさつで若旦那に「針」を打たれることになった茂八(太鼓持)。迎え針と意見針の効果もなく大変なことに。この表情や口調が絶妙で大笑いしました。
 
林家竹丸さん「豊竹屋」

 
講座に上がられる際になにか本みたいなのを持っておられる?とおもいました。やはり義太夫本をご持参されており講座から見せてくださいました。実際に見るのは初めてでした。
噺家さんっていろんな芸事に精通してなきゃダメなんでしょうね。

林家染左さん 「ためし酒」
 
武蔵野(大盃)に並々と注がれた一升の酒。この酒を5回飲み干すシーンが見所。どうしても途中でダレてしまうはずが飽きさせないようにする工夫はお見事でした。もちろん権助に酔いが回っていく描写もおもしろく演じられていて拍手喝さいでした。

◇2010 1/30 教科書に書かれない幕末史

長州藩はとても面白い藩。佯狂を装い2面性をもった藩。実は当時の長州藩の政治の中枢を握った周布政之助さんは<攘排也、排開也、攘夷而後、国可開>と延べています。たしかに周布さんは土佐藩士の前で容堂公を罵ったために処罰されたはずが麻田公輔
と名乗り政治の実権を与えていた毛利のお殿様も偉大ですが。

さて、文久三年(1863年)、孝明天皇に攘夷の期限を迫られついに5月10日をもって攘夷を決行いたしますと答えた将軍家茂。ただしこの返事は「相手が攻撃をしてきたら」という但しがついていた。ところが血気盛んな長州藩では5月10日になったとたんに関門海峡を通行するアメリカ商船「ベングローブ号」へ発泡。次々と関門海峡を通行する船に攻撃しては勝利の雄たけびをあげる長州軍。それもそのはず、相手は商船であり本格的な武力の伴わない船ばかり。

6月に入るといきなり報復攻撃がはじまり、下関砲台は木っ端微塵。各国連合艦隊がすさまじい勢いで長州を叩いて行く。そしてついには講和が結ばれ有名な高杉晋作さんの出番。
と、ここまでは尊皇攘夷向きなお話だが、実は攘夷期限が過ぎた翌日5月12日に横浜から5人の長州人がイギリスに向かっています。政治の中枢をになう周布政之助尽力で最先端のイギリスへの極秘留学に旅立った。
たちよった上海で、彼らが見たものは。そしてようやく帆船旅行で4ヵ月半をかけてロンドンへ到着。当時のロンドンは産業革命真っ只中。30年前には鉄道が走り、なんと到着の前日には地下鉄までもが市内の地下を走っていたそう。

話は高杉晋作さん。彼は連合国との講和のために宍戸刑部と名乗りテーブルに着く。鬼のような形相・・云々と伝えられているが実は1回目の講和では長州藩の代表である委任状が無いために早々に退散。2回目の講和の際は命を狙われていたためにやむなく欠席し逃亡。そして3回目は藩の重鎮と一緒に締結になったそう。
外国からの様々な要求のなかでキーとなるのは賠償金300万ドル。この額は長州がはらえるはずも無く幕府に押し付けたとされている。ところがこの話には下記のような経緯があったそう。

日本にようやく足場を築いた外交勢。さらなる足場を拡大するために「兵庫の港」「西国の港」の開港を要求。当然幕府は300万ドルも払えるはずがないから、開港をするだろうというのが狙いだった。なので意図も簡単に幕府に尻拭いを押し付けられたそう。
ところが幕府は根性を見せたww 兵庫の港は京都に近い、西国の港はこの下関を指しており、この港を開国すれば長州藩へ多額の利潤があつまる・・。よし!300万ドルを払おうとなったそうだ。

さて話しの舞台はロンドンへ。
英語のわからない5人(井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝))は1年間は聴講生としてロンドン大学でお勉強。1864年の3月。ある日たまたま新聞を見て驚いた。どうやら連合艦隊で長州を攻撃するらしい。この記事で大急ぎで
伊藤俊輔(博文)と井上聞多(馨)は帰国する。さすが未来の政治家です。
遠藤謹助は体調を崩し1866年に帰国。そして野村と山尾は1868年(明治元年)11月19日に帰国しました。

今日の講座ではロンドンで出会った19人の薩摩藩士の話しや北海道開拓使、払い下げ事件・・そしてサッポロビールにまつわる不思議なお話をいただきました。
いつもとおり充実した時間でした。

◇2010 1/24 トップリーグ プレーオフ

トップリーグ プレーオフに行ってまいりました。

昨年9/4から各企業の名誉を背負ったチームが各地で闘いを繰り広げてきた結果、ついにきまった4強!
三洋電機ワイルドナイツ・サントリーサンゴリアス・東芝ブレイブルーパス・トヨタ自動車ヴェルブリッツがトーナメント戦をおこない最強のチームを決める大事な試合です。


この花園では、三洋電機ワイルドナイツVSトヨタ自動車ヴェルブリッツの試合が行われました。

前回、私が見に行ったのは11/29のトヨタ自動車ヴェルブリッツVSクボタスピアーズと近鉄ライナーズVSリコーブラックラムズの2つの試合。

前回は<トヨタ自動車ヴェルブリッツ>の一方的な試合で、強さを感じましたがさすがトップの<三洋電機ワイルドナイツ>の前では、簡単にトライをさせてくれません。

ペナルティゴールで確実に得点を稼ぐ見事な互いの防戦の均衡は前半の終了間際に<三洋電機ワイルドナイツ>が1トライで<13-9>の接戦。
後半開始し、試合の流れをつくった<三洋電機ワイルドナイツ>の攻撃に苦戦を強いられ、誰もがあきらめかけた残り10分弱で<25-14>。
気の早い観客は早々に席を立ち始めたそのときに反撃が始まりました。
ペナルティゴール<25-16>そして念願の後半の2本目のトライ<25-21>この時点で残りはわずか4分。残念ながらトヨタが敗北を記しました。


トップリーグでは79.5Mhzで太田始さんの解説が聴けるはずなのですがこの日はまったく聴けず残念でした。まだまだ初心者の頭に「ど」がつく私なので解説は心強いのですが
電波が微弱すぎるのか・・ほんとうに残念でした。

また来シーズンを楽しみにしています。

これにて私の観戦できるトップリーグは終わりです♪

※写真(上)はトヨタ自動車ヴェルブリッツのゆるきゃらの<ライガー>・写真(下)は花ラグ饅頭 絹家さん(正面から駅方面へ100m)。

◇2010 1/19 ぴっかり食堂

一人じゃ絶対に入ることが無いお店。お料理をいただくのですからお店の外観なんて関係なさそうですが、それでも清潔感というか美的な部分って大事だとおもいます。このお店は美観はまったく無いけれど店主の自己主張がにじみ出てきているそんなお店です。





↓かかげられた看板↓


温故知新
昭和のラーメン滅びました
平成のラーメン壊れました
びっかりラーメン原点回帰
油脂臭み派手さいりません
健康・旨味・後味を追求
本気旨いラーメン出してます
本塩ラーメン ぴっかり食堂

店内は8席程度のカウンターのみ。奥の席に行く時は先客に「ごめんなさい」って言わないと奥に進めないそんなお店。それでも本気に美味しいラーメンならぜんぜんOK。

で、まぁ、かうんたーにおいてある個性的なメニューにびっくり!

・ぴっかりラーメン
 ぴっかり食堂のすべてがつまった集大成ラーメン!!

・トリそば
 トリのササミときゅうりがのったゴマの風味がきいたどこにもないシンプルラーメン

・チャーシューメン
 チャーシュメンがごちそうという方の為にあります。
 値段は高いしチャーシューは薄いし、とうてい期待通りのごちそうではありません。
 それでもよければどうぞ!!ノークレームでお願いします。おすすめしません。

これ以外にも、おすすめメニューやおすすめしないメニューをズバッと書いてあります^^

澄んだスープが絶品♪最後まで飲み干しました♪
場所は《ぴっかり食堂》で検索してくださいねー。その人気ぶりがわかるとおもいます。

◇2010/1/17 第521回 田辺寄席 《新・じっくりたっぷりの会ー桂 坊枝の段》

第521回 田辺寄席 1月17日(日) 《新・じっくりたっぷりの会ー桂 坊枝の段》

日曜出勤生ラジオでおなじみの坊枝さん♪いっつもにこやかな笑顔で癒されます♪

開口0番では「猫とねずみ」。
干支に出てくる動物を順にネタにした落語をご紹介いただきました。
(ねずみ(小話)、お玉牛、牛の丸薬、動物園、雪ウサギ(小話)・・・から池田の猪買いまで)

一、男と女の他力本願       桂 三幸 (三枝門下)

桂三枝さん12番目のお弟子さんとのこと。見た目、最近のお兄さん風の三幸さん。マクラのときに独特の言葉尻があり気になりました。しっかし、橋下知事さんとの一件は大爆笑でしたねー^^

二、火焔太鼓        桂 坊枝(五代目文枝門下)

昨年12月に桂三弥さんで同じお話を聞かせていただく機会がありました。おとなしめというかきっちりとポイントを抑えられていたのは今日の坊枝さんも同じですが言葉、所作、声量、のすべてのメリハリがあってそれはそれはダイナミック♪今日も「日曜出勤生ラジオ」との掛け持ちなので神戸から大急ぎで駆けつけてくださいました。
余談ですが昨年後半から桂坊枝さんの高座を3回くらい連続で愉しませていただきました。あの笑顔がステキですよねー。

三、521号笑呆亭/「つるつる」から   桂 文太 (五代目文枝門下)

はじめて聞かせていただくネタ。
ググッてみたら江戸前のネタなのでしょか。また文太さん独自のくすぐりとおもわれる一八へ持たした土産の包みや鉄下駄のくだり。しかも所作のなかで文太さんが、ひょいと見台の上に飛び乗られて度肝を抜かれましたww

(仲入り)
1月の田辺寄席はお善哉が振舞っていただけます。昨年はお手伝いさせていただきましたが今年はちょっと事情があり無理でしたがまた機会があれば喜んでお手伝いさせていただきます。

四、手品指南        桂 朝太郎 (米朝門下)

おもしろいコンセプトで、身近に有るモノでできる手品の数々でしゃべくりで繰り広げられる朝太郎さんワールドです。そのクオリティはゼンジー北京さんを彷彿とさせてくださいました。

五、不動坊         桂 坊枝(五代目文枝門下)

不動坊火焔の奥さんのお滝さんと結婚できることになった利吉さんのその喜びようを描いた前半。自宅や風呂屋での出来事がとてもイキイキと描かれていました。また後半の徳さん、祐さん、新さんに軽田道斎が加わったそのドタバタ部分も秀逸!

今日の田辺寄席もホントにいっぱい笑わせていただきました。楽しいひと時でした。また青年センターの利用延長が決まったそうで、よかったですね。

◇2010/1/17 追突・・・(゜o゜)げっ!!  Ⅲ

ふぅ。。。やっと週末ということでこの二日間はハードなことはしないよーに、
体力&気力の復活につとめました。

やっぱり体力復活には私の大好きな長風呂が一番。
大好きな音楽を聴きながら湯船の中でひたすら読書。
途中5分くらいのインターバルでヴォルビック休憩ww

おかげで今日はピンポイントの痛みが全体的にだるーくなってきたのは

回復の証?

今週は自宅近くの病院にいけるよーに段取りしようとおもう。

ちなみに買った本は下記三冊。われながらマニアックな品揃えです。

・大阪市の歴史 大阪市史編纂所編
・日本の合戦 奈良本辰也監修
・徳川十五代 大石慎三郎監修

◇2010/1/15 追突・・・(゜o゜)げっ!!  Ⅱ

13日の夜は、気持ちが高ぶっているのかあんまし眠れませんでした。


14日朝、なんだか寝違えたような痛みがずっと続きその夜も変な夢ばっかし見ては目が覚めてしまいます。

相変わらず寝違えたのか、激しい肩こりような傷みが続きます。

そして今日はなんだか両手にあんまし力が入らない(;´Д`)

とくに右手の肘から手首までがジーンってしちゃってます。

これはまじゅいですねぇ。。。。。
これは。。

この週末はじっとしてようとおもう・・。


あ・・落語会は参加します♪

◇2010 1/13 追突・・・(゜o゜)げっ!!

お昼頃・・タラタラと土手を走っていて、信号のために数台が並んでいたのでその後ろで停車。

その10秒あとくらいに[ドンッ]。あらら・・・追突されちゃったよ。

現場は対面1車線。おもいっきり渋滞になるし外は雪だし。。


とりあえず、相手の方に警察へ電話してもらっている間に私が交通整理。。。

5分くらいすると運良く、バイクにのったおまわりさんが通りかかってくれたのでラッキー!


おまわりさんが車を停めてくれている間にわき道に2台を移動。

免許・車検証・自賠責を提出し雪の中で調書をとってくれました。まじ・・寒いです。。。。

で、そのまま事故係りの到着。検分がありそのおまわりさんの強いススメで病院に同行ww


時間がないんで・・云々の私に執拗に診察を勧めてくれたおまわりさん。

言うことをちゃんと聞いてよかったよ。


問診書・診察・レントゲンを済ませて頂いた診断書を相手の方の渡してその場を去りました。

頚椎捻挫1週間だそう。


病院の看護婦さん、私の一問一答に妙に大爆笑してくれてありがとう^^むっちゃ癒されました。


おかげで今日はお昼ご飯は夕方になっちゃった。


なんだか今頃になって首の後ろや背中がなんとなくダルダルしてきた。


たぶんいままではむっちゃ緊張していたから?


はやく帰ってお風呂にはいりたいよ。

◇2010/1/12 <インビクタス/負けざる者たち>

<インビクタス/負けざる者たち>が2/5全国ロードショーとなります。

ネルソン・マンデラ南アフリカ共和国大統領の苦悩と奮闘を描きます。
反アパルトヘイト運動として全民族融和の象徴としてとりあげられるマンデラ氏。
1995年のラグビーワールドカップでおこった実話の映画化。




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http://eiga.com/movie/54387/  eiga.com より抜粋。>


南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ大統領と同国代表ラグビーチームの白人キャプテンがワールドカップ制覇へ向け奮闘する姿を、クリント・イーストウッド監督が描いた人間ドラマ。
1994年、南アフリカ初の黒人大統領となったマンデラは、アパルトヘイトによる人種差別や経済格差をなくし、国をまとめるためには、95年に自国で開催されるラグビーワールドカップでの優勝が必要と感じ、代表チームのキャプテン、ピナールとの接触を図る……。
主演はモーガン・フリーマンとマット・デイモン。

◇2010/1/10 放送大学大阪学習センター「大阪なにわ学」連続講演会 

放送大学大阪学習センター「大阪なにわ学」連続講演会 


●第4回 懐徳堂の「知」の交流  池田光子 先生 大阪大学文学研究助教



江戸半ばになり商業が盛んになると「知」に対する要求も盛んになる。昌平坂学問所(林羅山)のような官許学問所を大阪にもつくることに対し、大阪では町人が中心となり学問所ができました。

含翠堂(平野)・環山楼(八尾)・多松堂(尼崎、高麗橋)などがあったそう。この中の多松堂が妙知焼(大火事)で焼失したところから懐徳堂の歴史が始まりました。初代学主の三宅石庵と五同士により創設、現在の今橋4丁目に道明寺屋吉左右衛門(富永芳春)が土地を供出。その講堂の大きさはおよそ100人が充分参加できた大きさであったそう。

中国哲学である儒教から朱子学を教えていたが、さすが商人の町、本来は利は義に反するはずが、利は商売の結果についてまわるものでありやむ終えないものであるが利の追求のみは悪利となり悪いものであるという教えが根本にある。

また仕事があっての学問であり、商売の用事があれば講義の途中に退席してもかまわないとされている。さらに貴賎貧富を論ぜず、同業と為すべきこと。を理念とされていた。

江戸中期の華々しい文化や安穏とした生活に支えられてか、意外と政治の基盤を支えた身分制度には捉われていないということで驚きでした。
1724年に開かれた懐徳堂も1869年に閉校。時代は明治となり教育形態の基本が儒教を必要としなかったからとのこと。
このまま歴史にうずもれる懐徳堂ではなく、1910年(明治43年)に、西村天囚の手により重建懐徳堂として復活しましたがS20の大阪大空襲により焼失、現代に至っています。

●第5回 明治・大正のなにわ学  肥田 皓三 先生 元関西大学教授

なにわ学を考える上で重要な3つの頂点は、<大阪市史(明治33年~大正4年)><なにわ草書(大正15年~昭和5年)><郷土研究 上方(昭和6年~昭和19年)>であると考える。
もちろん一番初めの郷土史は<摂津名所図会(1800年)>といえる。
時代ごとにキーワードとなる書籍とそれぞれのエピソードをご紹介いただきました。その中でも印象的であったのが下記の話です。
木崎 好尚が井原西鶴の墓に詣でたところ新しい塔婆が2本たっていた。
これは幸田露伴と尾崎紅葉が別々に立てたもので、実は滝沢馬琴の書いた書物に書かれていたのを見たからとのこと。
個人的にぜひ見たい書物は、<浪華名家墓所記(宮竹骸骨)><葦の若葉(大田南畝)>かな。
近日中にでも古書店をまわってみようとおもいます。もちろん、井原西鶴さんが眠る誓願寺もいってみたいです。


元禄の奇才子を弔いて 九天の霞を洩れてつるの声  露伴

ででむしの石に縋りて涙かな  紅葉

2010 1/3 上方落語一心寺亭

笑福亭呂竹「初天神」 


桂団朝「短命」 

桂小春團治「池田の猪買い」 

ナオユキ「漫談」

桂春団治「代書」    

2010 1/1 上方落語一心寺亭 

林家市楼「つる」 


桂都んぼ「佐々木裁き」 

桂小春團治「日本の奇祭」 

林家染雀「うしろ面」

笑福亭松喬「お文さん」