フランス風懐石料理中華風: 2009-12

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◇2009/12/20 第518回 田辺寄席 《新・じっくりたっぷりの会-露の団六の段》

第518回 田辺寄席 09年12月20日(日) 昼席 
 《新・じっくりたっぷりの会-露の団六の段》







中入りのときに田辺大根入りのお汁をいただきました。出汁も絶品。関係者の皆様にホント感謝です。

一、いらち俥    露の眞(都門下)

今年春に大学を卒用されたとのこと。
まだまだ場数がたらないのかそれとも下ろし立てのネタなのかずいぶん緊張されていた様子。
残念ながら口調や所作が硬いようです。がんばってくださいね。

二、一眼国     露の団六(二代目五郎兵衛門下)

和歌山からの営業の帰りに大幅に帰宅が遅れたお話から入り、秋祭り、春祭りの違いをマクラに、<一眼国>に突入。見世物小屋の色々な出し物の内容から「うなぎか?まぐろか?それとも面白い話か?」をキーに話が展開。
ネタが先読みできちゃいましたが、わかっていても面白買ったです。

三、けんげしゃ茶屋   桂雀三郎(雀三郎一門)

やっぱ絶妙でおもわず顔をしかめてしまう内容でも大爆笑に変えてしまう雀三郎さん。
文太さんと同期だって聞いて2度びっくりです。情景が目の前に浮かびすっとお話の世界に入ることができました。

四、代 脈     桂 文太(五代目文枝門下)

マクラの泌尿器科の話がおもしろすぎです。
で・・有名な○○さんを持ち出してきて、「インターネットで書いたらあかんよ」を3回wwそれでも○○さん、大好きです。
さて本題の<代脈>も軽めの流れのお話で要所でクリーンヒットでした。

五、夢 八     露の団六(二代目五郎兵衛門下)

前半で色々な夢を見てしまう男のエピソードは割愛だったのか、強く押さなかったようで、また割り木で叩き続けなきゃダメというのも弱かったのか。初めてこの話を聞いた「桂 雀々さん」バージョンと比較してしまいます。 「釣りの番」が「吊りの番」と気付くのも早めのあっさり目でしたがとてもおもしろい夢八でした。

◇2009/12/20 幸村桜贈呈式

先日の安居神社さんでの銅像除幕式の情報を収集するために上田市の母袋市長さんの予定をWEBで拝見しますと安居神社には来られない様子・・で・・ススッと視線を下に移しますと今日の箇所に<幸村桜贈呈式(大阪)>と書かれていました。
で・・さっそく確認させていただくと今日、豊国神社さんで式典が執り行われるとのこと。




ということで30分前に現地に到着するとすでにスーツ姿の方々が数人。
今年初めての雪が収まった頃に、サーッと一台の車が入ってきて私達のすぐ前に停車。
笑顔で手を振りながら降りてこられたのは九度山町の岡本町長さん♪
いつもすごいバイタリティのある方で、にこやかな笑顔が大好きです^^
続いて、母袋市長さんもお見えになられましたのでさっそくご挨拶。
安居神社の中島宮司さんがこられ、おもわず「あ・・先日は・・・」で記憶がよみがえりましたww

定刻どおり式典が始まりしっかり私達も参列させていただきました。

大阪にまたひとつ観光地が増えました^^

◇2009/12/19 人斬り <映画鑑賞>

《勝が斬る!仲代が斬る!三島が斬る!裕次郎が斬る!問答無用でぶつた斬る!》

----------ライナーノーツより-----------

フジテレビ・勝プロ制作、大映配給になる「人斬り」(監督・五社英雄)は、岡田以蔵に勝新太郎、武市半平太に仲代達也、田中新兵衛に三島由紀夫、坂本龍馬に石原裕次郎という空前の四大スターの初の顔合わせを実現!最高の適役を得て現代にアッピールする新しい時代劇の面白さを狙って製作する大型男性映画の時代劇巨篇である。
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この映画は1969年の作品でいわば40年前の作品。
ありえない名優の顔合わせのこの人斬りは、土佐勤皇党のつながりを背景として京都を舞台としてテロリズムの横行した影の時代に自分の生き方に苦悩した岡田以蔵を主人公とした映画です。
自分の操り人形のように岡田以蔵をつかう武市半平太。同じ土佐藩としての旧友の坂本龍馬。薩摩出身の人斬りともてはやされた田中新兵衛。それぞれが時代の波にもまれてゆく生き様がおもわず泪を誘いました。
日本ではDVD化されておらず、フランスでDVD化されているそうです。

40年前の映画ということで出演者みなが若い!
勝新太郎、仲代達也、三島由紀夫、石原裕次郎、に倍賞美津子、田中邦衛、コント55号、をはじめ名優がずらり。

この翌年、不幸にして三島由紀夫さんが割腹自殺をされたそう。この映画の中にも同じシーンがあり、その迫力におもわず目をそむけました。

◇2009/12/19 教科書に書かれない幕末史 京都炎上

孝明天皇の攘夷熱にうまく取り入り国事周旋を働いた長州藩。
そのポストを利用し都合よく立ち回ればよかったものの、エスカレートした行動に孝明天皇もさすがに不安になったご様子。
そんな中に出た次の勅は「大和行幸の詔」「攘夷親征の群議」。これでは幕府のメンツが丸つぶれ。

と同時に一足早く制圧を試みた中山忠光卿(明治天皇の叔父さん)を筆頭とした天誅組。

孝明天皇が不安を漏らした相手が悪かった。
中川宮朝彦親王が京都守護職会津藩。聞き付けた薩摩藩とが結託し、目に余る長州藩と奸臣久家を御所からの閉めだし作戦が決行された。

そうとは知らない天誅組は、河内長野の観心寺にお祀りしてある楠公さん参詣をすでに終えて、五條の町で大量殺戮を起こしてしまっている。この五條の町は、幕府の直轄領であり天領、しかも交通の要所であるのに警備が手薄ということで目を付けられてしまい静かな町が一夜にして大変なことになりました。

ところが閉め出し作戦である八月十八日の政変により孤立した天誅組は、天皇が幕府に駆逐せよとの命令を受けた、津藩、紀州藩等に鷲家て壊滅させられました。

えらいこっちゃと長州藩。言い訳を書いた「奉勅始末」も見事に受け取り拒否。
こうなったらと、いっそ武力で京都へ乗り込むか?なんとか長州藩のイメージを良くしたいとおもった矢先に大阪南御堂前で不可解な事件が起こる。これも実は長州藩が世論を長州贔屓にするための仕業。

ところがせっかくのイメージアップをしたものの不幸にして池田屋事件がおこり怒りは頂点に達する。
御所凝華堂を目指し三方から進軍した長州は蛤御門で敗退。

まさにふんだりけったり。

ついに孝明天皇から「長州は朝敵」の烙印を押されてしまうことで、京都、大阪の藩邸は取り上げられ、毛利親子は改名までさせられ屈辱を味わうことに。

しかし長州の悲劇はこれだけではおさまらなかった。

◇2009 12/17 安居神社 真田幸村公像除幕式

全国的に気温が冷えこんだ今朝10時30分より、安居神社さんにて幸村公除幕式が挙行されました。

数年前に立寄ったさいに銅像建立のお話の有ることを知り、さっそくご寄進させていたいた後、すっかりそれっきりで忘れていましたが先日、お参りさせていただいた際に神主さんにお話を賜り今日の日をとても楽しみにしていました。
 境内にはこの安居神社さんに縁のある大丸関連の方々をはじめ、彫刻家・播間公次さんや甲冑隊、OSKの皆様の臨席に加え幸村ファンの皆さんに見守られながらの大変盛大な除幕式が行われました。

 この像は数キロ離れた三光神社さんにあるような采配を振るような勇ましい幸村像ではなく、かぶとを脱ぎ一休みされている幸村公。いわば「これでやっと長い戦いがおわったよ・・」と言う様な、とても安らいでおられる表情です。



これでまた大阪の名所が一つ増えました。これをきっかけに沢山の方々が大阪の歴史に
興味を持っていただければと大変嬉しくおもった冬の午前中でした。

◇2009/12/13 ラグビー 大阪府スクール大会

最近やっと、寝る前に読む本が「死に至るノーサイド」になりました。
一気に読むこともできるのですが大事に大切に一字一字をひらいながら大切に読んでいます。

このラグビーはほんとに不思議な魅力があるスポーツで、日系人の「ブロウ・井手さん」はオーストラリア軍に入り第二次世界大戦の運命に翻弄されてしまう実話です。

井出さんは日本では忘れ去られている大和魂や武士道をも持ち合わせながらも父の祖国であるオーストラリア兵として戦ったその心中や様々な葛藤は大事な家族を育てた豪の生活と、名門ワラビーズのレギュラーポジションと
その仲間達から得た友愛の精神が勝ったことで海の中に消えていかれました。


ここで言う友愛の精神を育んだの土壌が「ラグビー」なのだと思います。

私の学生時代のラグビー部の輩はみな威圧的で野蛮で汚くて・・。と、まぁここまで私に最悪の印象を抱かせるものだと感心します。
そしてそのまま最悪の印象をもったまま先日に至りましたが「ブロウ・井手さん」の存在を知りまったく考え方が180度変わりました。※機会があったらラグビー部の方にお詫びしたいくらいです^^



"One for all, and all for one""No side"ラグビーの根幹を貫く大きなこのテーマは
今日、見てきた試合の節々にも感じられました。
おそらく人一倍涙もろい私だからかも知れませんが、試合が終わり双方が互いに固い握手を交わした後にそれぞれがベンチサイドの前に並んだと同時にギャラリーから賞賛の拍手を浴びる。
そして監督やコーチからのアドヴァイスや叱咤激励のあとにようやく観覧席に戻ってきた彼らの顔はみな上気し頬は真っ赤になって寡黙。潤んだ瞳から互いに今日のプレイの反省をしていたことが読み取れます。

今日の試合は中学1年生~3年生のいわば少年達。遊びたい盛りでやんちゃな少年達が互いに礼節を守り相手の事や自分の役割を考える力を育むことができるなんて驚きです。

「ラグビーは少年を男にし、男に永遠に少年の魂を抱かせる」

とうぶん私の熱は冷めそうにありません^^

◇2009/12/12  しのぶ庵寄席

しのぶ庵寄席の日はなぜか雨に見舞われる事が多いですね。

それでも12月とはいえ冷え込みの少ない宵なのでまだ助かりです。





桂福丸 月並丁稚
レギュラーの福丸さん。ご自身のBLIGにも書かれていましたが(しかも写真入りww)
小学校の五十音を覚える表のお話をつかみに、芸人がよく言う「舞台の上で死にたい」は、非常に迷惑であれやこれやと思いを巡らせ洒落に持ってゆく。また同じ流れで事業仕訳ネタや一事が万事などを洒落ネタで上手く使う。わりとベタな流れでしたが会場の雰囲気が堅かったのかどうなんでしょう。

さて、今日の福丸さんのネタは「月並丁稚」。
このネタを聞くのは実は二回目。昨年の7月の田辺寄席で聞く機会がありました。
たしか福丸さんって2007年11月が初高座ということなのでこの時点でちょうど半年。
そして今日聞いたのが約2年目のはず。

いまでも当時の様子を覚えていますが、当時と比べるとえらいもので、定吉と佐平さんの掛け合いや、十一屋さんの旦那、関取など、登場人物がいきいきと語られていてスッと大阪商家の世界に入る事ができました。

桂 三弥  火焔太鼓

東京落語のネタだとおもっていましたが上方版があるんですね。
で、調べてみますと、あるサイトにはこのお話は大好きな文太さんが移植したと書かれていました。

さっそく古今亭志ん生さんの東京版を聞いてみました。


お話の流れや内容は大半おんなじでしたが、なんと表現したらいいのか…味がちがう…というのか、言葉のテンポや東京弁の持つ響きで、ここまで変わるものなんだと感心しました。
もちろんサゲも東京らしい香りのする内容でした

桂三弥さんはご自身でも「なかなかみかけることがない」と言われていましたとおり初めてお目にかかる噺家さんですがもったいない・・。
すごくキレのいいお話口調が素敵な方でした。機会あればぜひまたどこかでお目にかかりたいとおもいます。

◇2009/12/6 猪名川町靜思館寄席

猪名川町靜思館寄席

今回で第五回となるこの寄席はすべて米朝一門が出演されているらしく、今回初めて笑福亭より生寿さんが参加されたそう。

さて、この猪名川町は大阪北摂地域にある大型ベッドタウンに挟まれた自然豊かな地域。ちょうどこの時期は私の大好きな新蕎麦の時期。事前下調べでは新蕎麦祭りがあるとの事で、10時すぎにはこの開場から少し離れた道の駅「いながわ」で雑穀粥の試食や十割新そばに舌鼓を打っていました。

毎月定期的にいただいている手打ち蕎麦のお店でいただくお蕎麦とはまた違った風味と舌触り。色も香りもまったく違ったのでびっくりです。今回のお蕎麦は、やや茶色目の殻付き。そして無骨な感じこそあれど、しっかりしたコシとモソモソっとした十割の歯ごたえが楽しめました。

2時間前には開場へ到着。会場は昭和7年に建造された茅葺総檜造の靜思館。
それは見事な古民家に加えご担当者の皆さんのアットホームな手造り感漂うあたたかいご接待やお心遣いが嬉しい落語会となりました。

笑福亭生寿  犬の目
前回にまして心地好い滑舌。まだ3年目と思えないくらいの器用さがある生寿さん。
総じて、若い演者さんの場合、自分の年齢以上の登場人物の描きかたが不自然になるのはしょうがないが充分なデキだとおもう。
前座っていうのはたしかに難しい。会場の雰囲気をグッと和らげ、雰囲気を作るのが大事な役割とはいえ、なかなか大勢の強張った気持ちをほぐすのは大変な役割で、とくに落語に滅多に触れない方にとっては未知の芸なんだからよけい難しいでしょう。

桂八天 まんじゅう怖い
この話はポピュラーな話だけに、おもうに「寿限無」くらいむつかしいネタなのでしょう。
本町の曲がり云々の怪談部分はあっさりと割愛し、与太話に置き換えたのは大正解。
(個人的には楽しみにしていたのですが)
地元の猪名川町の甘味銘柄があったらさらに爆笑かも。

桂米平 こほめ
米平さんの講座は今回で2回目です。前回はお手本通りにさらわれた感じのある「壷算」。今回は「こほめ」。
いずれも、年間で何度もきく機会のあるお話なだけにあらためて、「あぁ・・とってもきっちりされているなー」って感じる丁寧な落語でした。

伊勢屋の番頭さんのくだりまでは客席が中々渋かったようですが、赤ちゃんの家にいったあたりからやっとほぐれてきた感じ。
落語自体が初めての客層が多いのを見越してか、簡易な落語教室風のやり取りがあったのはおそらく客席のムードを感じ取られたからなのでしょうか?いずれも今日の三席は、いわば軽めの話。意外にお客様の方がもそっと重いのを期待していた感じがあったが、この価格は明らかに安すぎ。倍でもきっと大丈夫だとおもいました。

◇2009/12/5 愛車のこと

「あれ?車の音・・・なんかおかしいんちゃう?」


久しぶりに私の車の助手席に乗った方が言った。
「え?・・・やっぱり? 一ヶ月ほど前に同じことを私の母が言ったよ。」

ということで半信半疑ディーラーさんとこへ持ち込んでさて・・どうやって説明しようか。。

どんな音ですか?と聞かれても「なんか・・エンジン音にボォォッと低い音が・・」なんて音は言葉で表現できません(^_^;)


メカニックの方が運転して私が助手席へ。


エンジンをかけて5秒。。

駐車場内を出るまでもなく「あぁ・・・これは左後ろのベアリングが傷んでますね」
そのままディーラの周りを1週。

部品があるから半時間程度で修理できるとのこと。早速お願いさせていただきました。

「このまま部品を変えなかったらどうなるんですか?」の問いに「もっと変な音になりますから誰でも異常に気がつきますよ。」とのこと。

そうなのか・・私は1ヶ月以上も気がつかなかったんだww

交換後はもちろん、静かな愛車に戻りました。。
良かったよ^^

◇2009/12/2 玉手橋

玉手橋は昭和3年(1928年)に石川に設けられたつり橋。

近鉄南大阪線 道明寺を降りて今は無き【玉手山遊園地】へ行く途中、この橋を渡るとき、妙にドキドキしたものでした。

このドキドキは時折、揺れる怖さもありますがそれ以上に今から遊園地で遊ぶ事ができるという期待感だったのかもしれません。


残念ながら玉手山遊園地は平成10年(1998年)に閉園となりましたがいまでもこの橋はずっと石川の流れを見つめています。
登録有形文化財となり、この優美なシルエットは思い出と共にいつまでも残るのでしょう。