フランス風懐石料理中華風: 2009-04

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◇2009/4/29 どっぷり昭和町 出前 田辺寄席

いってきました♪昭和町♪

なりゆきで1時間くらい前に会場入り(;^_^A
たくさんのボランティアに支えられて運営されている地域寄席の古参《田辺寄席》。今日もいつもの田辺寄席でお見掛けする方々なので、人見知り〜なわたしも安心(-^∪^-)♪

苗代小学校体育館会場

○第一公演
10:30〜12:00

1、桂福丸 「平林」
2、りんりん亭りん吉 「つる」
3、千田やすし 「腹話術」
4、桂文太 「軽業」

今日のトップバッターの福丸さんが目当てで「平林」も私的にすっごく思い出深いお話。
その昔、ラジオから流れている「たいらばやしか、ひらりんか・・。いちはちじゅうのもっくもく、ひとつとやっつでとっきっき」で
お腹を抱えて笑ったのを覚えています^^またりんちゃんの「つる」も楽しませてくださいました。
今日の客層は田辺寄席ファン以外にも大勢来られていますので落語を初めて聴かれる方にも喜んでいただける、そんなネタ選びをされたんでしょう。さてはじめてナマで千田やすしさんの芸を見させていただきました。やっぱプロってすごいですよねー。うまくお客様の反応を見ながら言葉とヒカルちゃんを上手にコントロールしていかれます♪
さて、第一公演のトリ、文太さん♪この「軽業」は先日テレビで染雀さんが演じておられました。上方落語のよさを・・云々わたしの稚拙な文章を綴るよりも、落語をナマで聴いていただいて、その魅力を感じていただけたら・・というそんな楽しさいっぱいの軽業でした♪

○第二公演
12:30〜14:00

1、桂雀五郎 「子ほめ」
2、桂三象 「三象踊り」
3、桂文太 「禁酒関所」
4、笑福亭小つる 「愛宕山」


30分の短い幕間で手早く昼食を頂き、第二公演の開始です。
雀五郎さんの「子ほめ」は手堅く会場の空気を和らげます。
しかしまぁ、舞台の上では何があるかわからないものですが
基本的には話しの流れを妨げなければなんでもOKだとおもいます。
話の世界に引き込まれている観客を現実世界に戻してしまうことになると
とたんにしらけてします。
さて話題の三象さん♪前回は「シルバーウエディング」という三枝さんの
創作落語をされましたが今回は「三象踊り」をご披露していただきました。
たしか新舞踊の名取さんということで実は所作がすごくキレイな方ですが
自虐的なネタをされるのでそのギャップが大きな笑いとなるようです。
おかげさまで昨夜は夢に見ることはありませんでした^^

さて文太さんの「禁酒関所」♪むっちゃ面白かったです♪
常々感じますが落語って演じる方が違うと
また面白さが違うものなんですね♪その流れでトリの小つるさん。
もうすぐ6代目笑福亭枝鶴を襲名されるそうでおめでとうございます。
時間の加減だったのか山を登る道中の下りを省いたようでしたが
笑い所は充分♪

ご出演の皆様♪ほんとにありがとうございました。
また運営設営を初めご苦労いただきました皆様、ほんとに
ありがとうございました。
残念ながらこれ以降は不参加ですが公演は会場を変えて第五公演まで続きました。。
私は昭和町をぶらぶら♪すっごぃ活気でした♪

◇2009/4/26 伊和志津神社

◇2009/4/26 今年3月の講談の会の際に旭堂南海さんと対談をされた田辺眞人先生(園田学園女子大学教授)が
言われていた伊和志津神社に参詣してきました。

加藤清正が朝鮮出兵の際の帰国土産として秀吉におみやげとして虎を生け捕りにして帰国したそうで。
その虎を飼育していたのがこの伊和志津神社だそうです。




運良く宮司さんが居られましたのでそのお話をさせていただきますと「それは民話でホントはどうかわからないですね^^」と笑って話しておられました。






延喜の御代(約1060年前)式内の官幣大社として尊崇をあつめた古社。
伊子志、小林、蔵人、鹿塩の4村を領家ノ荘と呼ばれ(摂津志)当社の小字、良元ノ庄が旧良元村の発祥地。古来宝塚の総鎮守。

◇2009/4/26 第48回「めふ乃寄席」

第48回「めふ乃寄席」昼席に行ってきました。
■笑福亭喬介 「みかん屋」
2/22の田辺寄席ではじめて高座を楽しませていただきましたので今回で2回目です。この〔みかん屋〕というネタは初めて聞くネタ。喬介さんの醸し出す独特の雰囲気がうまく会場を包んでいました。
2005年に入門されたということで思いっきり初々しくそれでいて「がんばってねー」って気持ちにさせてしまうお得な
喬介さんです♪
■林家竹丸  「延陽伯」
前回の竹丸さんの「花筏」の完成度もさることながら今回の延陽伯もだいぶ練りこまれたそんな気がしました。
急な縁談が決まってわくわくする主人公の気持ちと動作がチグハグないわば笑いの前哨戦にあたる個所は「ぽ~りぽりのバ~リバリ!チンチロリンのが~さがさ!」が大爆発していました。


お風呂での下りは比較的おとなしく(あ・・枝雀さんのがはちゃめちゃなだけなのかもしれません)、
それでも壽限無にも似た下記の長いセリフは楽しめました♪
わらわ父は元京都の産にして、姓は安藤、名は慶三。
あだ名を五光と申せしが、我が母、三十三歳の折、ある夜丹頂を夢見、わらわを孕みしが故に、たらちねの体内をいでし頃は「鶴女、鶴女」と申せしがこれは幼名。成長ののちこれを改め「延陽伯」と申すなり。
■林家染左  「壷算」
いやぁ~♪お見事でした^^
見せ場の番頭との2回目、3回目の掛け合いはまるで目の前でホントに行われているようでした。

■桂阿か枝  「ねずみ」

前回のめふ乃寄席で演じられた「しびんの花活」ではなんとなく世界に入っていくことができなくて頭に?が浮かび上がったこともあり実は今日のトリの「ねずみ」も内心不安でした。
はじめて聞くネタのせいもあったのですがなんとも良いお話です。

この「ねずみ」を調べてみますと2代目広沢菊春さん(1884- 1948)の得意ネタだったそうで、この方は浪曲と落語をミックスしたお話をされていたそうです。

なかなか奥深いお話で前日聞いた「竹の水仙」と同様の左甚五郎氏にまつわる人情モノ。
資料では仙台宿場町のお話のようなのですが昨日は岡山が舞台になっていました。
うに・・? それにしても流暢な岡山弁ですねー^^

見事にトリを務められた桂阿か枝さん♪
お疲れ様でした♪すごく楽しませていただきました^^

◇2009/4/25 日本VSカザフスタン

◇2009/4/25 日本VSカザフスタン
あれ?なんで私。。。こんなとこにいるの?って(^^;;;スポーツにはまったく縁のない私がここラグビーの聖地<花園ラグビー場>に来ていますww。しかも今日の大会は「HSBCアジア五カ国対抗2009」というおもいっきり国際試合!ルールも知らない私がおもいっきり場違いなんだけどそれでも古株のラブビーマニアな顔を装って観戦してきましたww
スタンドには女性もチラホラ・・・
比率的には95:5って感じで観戦している男性はみなさんがラグビー経験者か現役の学生さん♪ってそりゃそだね~ww
さてスタンドに入ってみて眼に飛び込んできたのが緑の芝生のキレイなこと!
また花園ラグビー場の背景に見える生駒山麓が雄大で東大阪~河内方面が一望でき・・それだけでも一見の価値ありですよぉ♪
でも防寒対策だけは忘れないで・・って思いながらも薄着な私はまぢ寒かったんで花園名物(・・らしい)<ラグビーマン>を戴きました。



おっぉぉぉ♪あったかーぃ♪
ほっこりしたラグビーボールな豚マンでしゅ(*^.^*)


さて15時前になると開会式♪

双方の国旗入場・・そして選手の入場に続き国歌斉唱です♪
なんてカザフスタンの国歌って革命っぽい情熱あふれるメロディなんでしょ♪
どうやら1991年のソ連崩壊のドタバタで誕生した国らしく歌詞も勇壮です♪

※ネットで調べたら発見♪ 引用しました♪
~カザフスタン共和国 国歌~

天には黄金の輝く太陽。草原を行く金色の鷲。
勇猛なる伝説に彩られし我らの地。
遥かなる古来に生まれた我らの栄光。
その誇りと強さを受け継ぐ者、それが我らカザフ民族。
我が祖国、我が祖国。その地に咲く花の如く、我らも育つ。
その地が歌うが如く、我らも翻る。我らの祖国、カザフスタン。
我らが持ちうるもの。
それは果てなき発展と、開かれた未来と独立と団結した人々。
かつて、古来の盟友がそうだったように、幸福に包まれたこの大地と人々が、
新たな時代の到来を歓迎する。 我が祖国、我が祖国。
その地に咲く花の如く、我らも育つ。その地が歌うが如く、我らも翻る。
我らの祖国、カザフスタン。

さて、15:00~いよいよ試合開始♪

それぞれの国旗をイメージしたユニフォームなので
さすがの私でもどっちが日本か分かります^^

んで・・携帯サイトでルールを調べながらの観戦で
すごく忙しかったおかげで前半の終了あたりでなんとなーく
ルールもぼんやりと分かったおかげで後半戦は面白さ倍増♪

トライやゴール等で結果日本圧勝でしたがお互いのランキングからするとあんまし良い結果でもなさそう。しかも雨の中の試合なのでボールをよく落とされていたので世間の評判的には問題があった試合だそうです。(/_;)/

機会があったら観戦してみたいです♪

イケメン一杯ですた・・(-。-) ぼそっ。
ファイトォ*:.。..。.:*・゚(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*!!!☆

◇2009/4/23 トマト塩昆布

☆最新創作塩昆布『トマト塩昆布』☆を
食しましたww

(´・ω`・)エッ?  と・・とまと・・・。







そそ。。イタリア産『完熟トマト』と北海道日高産天然昆布を炊き上げたということで、食べてみましたww

なぜだか私的にはなんだか懐かしい味。
私の祖母が練炭火鉢の上でグツグツと昆布を焚いていて小学生だったかわぃぃ頃の私が、つまみ食べをしたときの味でしたwww
きっとすっごぃコクとやわらかめな歯ざわりがそう感じたのでしょう。

トマトの酸味も昆布の旨みと相絡みあってすっごぃ旨みとなっていますね♪


↓には、商品写真もちゃんとあるからねーww

http://www.rakuten.co.jp/tenkonbu/1854152/1940243

◇2009/4/19 田辺寄席

第494回 田辺寄席 4月19日(日) 昼席   《いちもん会》

一、江戸荒物             笑福亭呂竹 (呂鶴門下)

落語会の市川海老蔵もしくは出家した橋下徹だってww
呂竹さんとは昨年11月の〔あべの寄席〕以来。
よく耳にするネタをきっちりと仕上げられました♪

二、時うどん             笑福亭笑福亭呂竹(三喬門下)

落語会の松坂大輔だそうで。
独特の間や独自のくすぐりを随所にいれてメジャーなお話で難しいけれど会場は大爆笑♪

三、「へっつい盗人」        桂 文太 (五代目文枝門下)

いやぁ。さすが。。
なんで今日の高座にはおいてあるんだろぉってずっと考えていました。
このネタのためだったんですねー。文太さん♪大熱演。。顔を真っ赤にして掛け合いをするヶ所は
夢にでてきそう^^

四、竹の水仙            笑福亭遊喬(松喬門下)

あれ?この話しって・・。先日見たばっかしの米朝さんの「抜け雀」に似ている?って
おもうくらいストーリーはよく似ていましたがいつのまにか遊喬さんの世界に入っていけました♪

五、崇徳院             笑福亭竹林(六代目松鶴門下)

先日テレビで 笑福亭仁鶴さんの崇徳院を楽しませていただく機会がありました。

また昨年の朝ドラでもこの崇徳院が取り上げられていただけにあの崇徳院さんの句は非常にポピュラーに感じられていますし、枝雀さんのDVDなども見た記憶があります。演者さんによってほんとに笑い所が違うお話なんだなーって実感しました。

実は18日の夕方に会場に行き500回記念講演の予約をしたときに、雀三郎さんがおられましたのでサインとお写真を頂戴しました。ありがとうございました♪

◇2009/4/18 教科書に書かれなかった幕末史 革命家の矛盾と暴走

教科書に書かれなかった幕末史

萩市特別学芸員・山口福祉文化大学特任教授

(1)4月18日 吉田松陰「革命家の矛盾と暴走」
(2)5月16日 高杉晋作「英傑伝の裏に一族の悲しみ」
(3)6月20日 奇兵隊「栄光と挫折の6年半」

もう何回目になるでしょうか?萩の町は私の大好きな町のひとつです。

あたかも時間がとまっているような甍の波。
大きな時代のうねりを乗り越え現在にいたる様々な困難をいろんな歴史的建造物で感じる事ができます。

その歴史の渦の発端的中心的人物となった〔吉田 松蔭〕先生について、たくさんの書物を通して知る事ができますが裏事情や歴史的な背景についてなかなか知る事ができません。

21歳まで小さな三角州で暮らし、九州や江戸・・そして脱藩扱いとなった東北調査。運命を変えた密航事件に蟄居と野山獄での生活。

松蔭先生の一生は失敗だらけの一生。。まさにその通りでしょう。たしかそのことを自分でも留魂録に書かれていたと思います。

書物だけで知ると大人物ではありますが実は非常に人間臭い部分が多かった松蔭先生の様々な背景をする事ができました。

次回の高杉晋作さんのお話もすごく楽しみにしています。

【追記】(2011/6)
山口県の萩は少なくとも400年は変わっていない。
36万9千石 毛利家は1600年の関ヶ原の戦いでは西軍の大将として活躍したものの敗北し、三陽から山陰へ押し込められてしまった。
いまでも西にマクラを置いて寝る家があるらしい(東に足を向ける・・)それが幕末には経済力をつけ100万石へと発展。田地開発・産業開発・人材教育・・・。

父~百合之助(2人の弟)  ・大助~吉田家を継ぐ。  ・文之進~玉木家を継ぐ。
5才~大助が亡くなり養子にいくことになる。
吉田家~山鹿流兵学を教える家。→文之進が教えることに。
11才~毛利慶親(よしちか)藩主の前で講義をする。(当時、慶親は23才)で、「そうせい候」というあだ名があったらしいが、これは人を見る目に優れていた。
※毛利慶親は禁門の変以降は朝敵となるため【慶】を【敬】に変えさせられている。
21才~兵学修行のために九州へ(9月~12月の4ヶ月間)
・オランダ船、パンを食す。
平戸藩は山鹿流の本家。この場所でアヘン戦争のことを知る。
22才~江戸遊学
宮部鼎蔵(山鹿流)と日本の防衛について、特に日本海側の防衛について危機を感じる。
12/15~江戸を出発予定(討ち入りの日に東北へ経つことに)
しかし手形は無し・・まるで子供の発想のよう。
24才~1853年(嘉永6年6/3)黒船
この時の手紙では「来年は日本刀の切れ味をみせてやる」と書かれている。
佐久間象山~江戸で塾を開いていた。(松代藩)西洋+儒教を教えていた。
※伊曽保物語(イソップ物語)を読む~戦国時代にはすでに日本にあり!→馬鹿同遊
東洋の道徳→儒教の教育・西洋の芸術(科学技術)→和魂洋才

江戸から長崎への移動の際に京都に立ち寄る。
10/2~山河襟帯の詩~今回の黒船の件は天皇も心を痛めておられる。
※長崎でプチャーチンの船に乗りたかったが、すでに出航したあと。→Shock!

●1854年1月 ペリー2回目の来日
●安政元年3/3 「日米和親条約」
  下田、函館の港を開く、米人の漂流は助ける。

「世の人はよしあしごともいはばいへ 賊が誠は神ぞ知るらん」→下田にて
親元預かり(幕府)→野山獄へ(萩藩)11人(武士、内9人は家からの預かりで刑期すら無い人)

25才 1年2ヶ月で618冊を読破。野山獄を福堂にするため、講義が開始される。
実家で謹慎 →松下村塾

●安政5年6月へ 日米安全通商条約 (自由貿易)→不平等条約→孝明天皇は大反対!
          国内の金が海外へ流出・・。

徐々に過激化・・・人の心が離れてゆくことに。。そして再び野山獄へ・・。
※父の病が不安で野山獄には行きたくなかった

門下生  「松蔭先生、じらをくり 罪を聞かないと獄に行かない」という手紙が出てきている。

◇2009/4/16 長州ファイブと造幣局

日本の夜明けが近い幕末期に長州藩からひそかにヨーロッパに派遣された5人。長州五傑の中の一人の遠藤謹助氏。この初代大阪造幣局の局長を務めた遠藤氏の発案で桜の通り抜けが始まりました。

ちなみにのこりの4人は・・
井上馨氏~大臣
山尾庸三氏~東京工学部創設。
伊藤博文氏~紙幣の人ww
井上勝氏~日本の鉄道の父



長州ファイブの中では山尾傭三氏を演じる松田龍平クンの切れ長の目が印象的でした^^

幕末フェチっ子な私にはたまらん映画でした♪

◇2009/4/4 一目千本 桃の花

和歌山県紀ノ川市にある桃畑にいってきました。

最高潮の開花で、まさに桃源郷♪


この場所をずぅっと前に知人に教えてもらっていたんだけど中々訪れることができなくて。。

念願がやっと叶いました^^