フランス風懐石料理中華風: 2009

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◇2009/12/20 第518回 田辺寄席 《新・じっくりたっぷりの会-露の団六の段》

第518回 田辺寄席 09年12月20日(日) 昼席 
 《新・じっくりたっぷりの会-露の団六の段》







中入りのときに田辺大根入りのお汁をいただきました。出汁も絶品。関係者の皆様にホント感謝です。

一、いらち俥    露の眞(都門下)

今年春に大学を卒用されたとのこと。
まだまだ場数がたらないのかそれとも下ろし立てのネタなのかずいぶん緊張されていた様子。
残念ながら口調や所作が硬いようです。がんばってくださいね。

二、一眼国     露の団六(二代目五郎兵衛門下)

和歌山からの営業の帰りに大幅に帰宅が遅れたお話から入り、秋祭り、春祭りの違いをマクラに、<一眼国>に突入。見世物小屋の色々な出し物の内容から「うなぎか?まぐろか?それとも面白い話か?」をキーに話が展開。
ネタが先読みできちゃいましたが、わかっていても面白買ったです。

三、けんげしゃ茶屋   桂雀三郎(雀三郎一門)

やっぱ絶妙でおもわず顔をしかめてしまう内容でも大爆笑に変えてしまう雀三郎さん。
文太さんと同期だって聞いて2度びっくりです。情景が目の前に浮かびすっとお話の世界に入ることができました。

四、代 脈     桂 文太(五代目文枝門下)

マクラの泌尿器科の話がおもしろすぎです。
で・・有名な○○さんを持ち出してきて、「インターネットで書いたらあかんよ」を3回wwそれでも○○さん、大好きです。
さて本題の<代脈>も軽めの流れのお話で要所でクリーンヒットでした。

五、夢 八     露の団六(二代目五郎兵衛門下)

前半で色々な夢を見てしまう男のエピソードは割愛だったのか、強く押さなかったようで、また割り木で叩き続けなきゃダメというのも弱かったのか。初めてこの話を聞いた「桂 雀々さん」バージョンと比較してしまいます。 「釣りの番」が「吊りの番」と気付くのも早めのあっさり目でしたがとてもおもしろい夢八でした。

◇2009/12/20 幸村桜贈呈式

先日の安居神社さんでの銅像除幕式の情報を収集するために上田市の母袋市長さんの予定をWEBで拝見しますと安居神社には来られない様子・・で・・ススッと視線を下に移しますと今日の箇所に<幸村桜贈呈式(大阪)>と書かれていました。
で・・さっそく確認させていただくと今日、豊国神社さんで式典が執り行われるとのこと。




ということで30分前に現地に到着するとすでにスーツ姿の方々が数人。
今年初めての雪が収まった頃に、サーッと一台の車が入ってきて私達のすぐ前に停車。
笑顔で手を振りながら降りてこられたのは九度山町の岡本町長さん♪
いつもすごいバイタリティのある方で、にこやかな笑顔が大好きです^^
続いて、母袋市長さんもお見えになられましたのでさっそくご挨拶。
安居神社の中島宮司さんがこられ、おもわず「あ・・先日は・・・」で記憶がよみがえりましたww

定刻どおり式典が始まりしっかり私達も参列させていただきました。

大阪にまたひとつ観光地が増えました^^

◇2009/12/19 人斬り <映画鑑賞>

《勝が斬る!仲代が斬る!三島が斬る!裕次郎が斬る!問答無用でぶつた斬る!》

----------ライナーノーツより-----------

フジテレビ・勝プロ制作、大映配給になる「人斬り」(監督・五社英雄)は、岡田以蔵に勝新太郎、武市半平太に仲代達也、田中新兵衛に三島由紀夫、坂本龍馬に石原裕次郎という空前の四大スターの初の顔合わせを実現!最高の適役を得て現代にアッピールする新しい時代劇の面白さを狙って製作する大型男性映画の時代劇巨篇である。
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この映画は1969年の作品でいわば40年前の作品。
ありえない名優の顔合わせのこの人斬りは、土佐勤皇党のつながりを背景として京都を舞台としてテロリズムの横行した影の時代に自分の生き方に苦悩した岡田以蔵を主人公とした映画です。
自分の操り人形のように岡田以蔵をつかう武市半平太。同じ土佐藩としての旧友の坂本龍馬。薩摩出身の人斬りともてはやされた田中新兵衛。それぞれが時代の波にもまれてゆく生き様がおもわず泪を誘いました。
日本ではDVD化されておらず、フランスでDVD化されているそうです。

40年前の映画ということで出演者みなが若い!
勝新太郎、仲代達也、三島由紀夫、石原裕次郎、に倍賞美津子、田中邦衛、コント55号、をはじめ名優がずらり。

この翌年、不幸にして三島由紀夫さんが割腹自殺をされたそう。この映画の中にも同じシーンがあり、その迫力におもわず目をそむけました。

◇2009/12/19 教科書に書かれない幕末史 京都炎上

孝明天皇の攘夷熱にうまく取り入り国事周旋を働いた長州藩。
そのポストを利用し都合よく立ち回ればよかったものの、エスカレートした行動に孝明天皇もさすがに不安になったご様子。
そんな中に出た次の勅は「大和行幸の詔」「攘夷親征の群議」。これでは幕府のメンツが丸つぶれ。

と同時に一足早く制圧を試みた中山忠光卿(明治天皇の叔父さん)を筆頭とした天誅組。

孝明天皇が不安を漏らした相手が悪かった。
中川宮朝彦親王が京都守護職会津藩。聞き付けた薩摩藩とが結託し、目に余る長州藩と奸臣久家を御所からの閉めだし作戦が決行された。

そうとは知らない天誅組は、河内長野の観心寺にお祀りしてある楠公さん参詣をすでに終えて、五條の町で大量殺戮を起こしてしまっている。この五條の町は、幕府の直轄領であり天領、しかも交通の要所であるのに警備が手薄ということで目を付けられてしまい静かな町が一夜にして大変なことになりました。

ところが閉め出し作戦である八月十八日の政変により孤立した天誅組は、天皇が幕府に駆逐せよとの命令を受けた、津藩、紀州藩等に鷲家て壊滅させられました。

えらいこっちゃと長州藩。言い訳を書いた「奉勅始末」も見事に受け取り拒否。
こうなったらと、いっそ武力で京都へ乗り込むか?なんとか長州藩のイメージを良くしたいとおもった矢先に大阪南御堂前で不可解な事件が起こる。これも実は長州藩が世論を長州贔屓にするための仕業。

ところがせっかくのイメージアップをしたものの不幸にして池田屋事件がおこり怒りは頂点に達する。
御所凝華堂を目指し三方から進軍した長州は蛤御門で敗退。

まさにふんだりけったり。

ついに孝明天皇から「長州は朝敵」の烙印を押されてしまうことで、京都、大阪の藩邸は取り上げられ、毛利親子は改名までさせられ屈辱を味わうことに。

しかし長州の悲劇はこれだけではおさまらなかった。

◇2009 12/17 安居神社 真田幸村公像除幕式

全国的に気温が冷えこんだ今朝10時30分より、安居神社さんにて幸村公除幕式が挙行されました。

数年前に立寄ったさいに銅像建立のお話の有ることを知り、さっそくご寄進させていたいた後、すっかりそれっきりで忘れていましたが先日、お参りさせていただいた際に神主さんにお話を賜り今日の日をとても楽しみにしていました。
 境内にはこの安居神社さんに縁のある大丸関連の方々をはじめ、彫刻家・播間公次さんや甲冑隊、OSKの皆様の臨席に加え幸村ファンの皆さんに見守られながらの大変盛大な除幕式が行われました。

 この像は数キロ離れた三光神社さんにあるような采配を振るような勇ましい幸村像ではなく、かぶとを脱ぎ一休みされている幸村公。いわば「これでやっと長い戦いがおわったよ・・」と言う様な、とても安らいでおられる表情です。



これでまた大阪の名所が一つ増えました。これをきっかけに沢山の方々が大阪の歴史に
興味を持っていただければと大変嬉しくおもった冬の午前中でした。

◇2009/12/13 ラグビー 大阪府スクール大会

最近やっと、寝る前に読む本が「死に至るノーサイド」になりました。
一気に読むこともできるのですが大事に大切に一字一字をひらいながら大切に読んでいます。

このラグビーはほんとに不思議な魅力があるスポーツで、日系人の「ブロウ・井手さん」はオーストラリア軍に入り第二次世界大戦の運命に翻弄されてしまう実話です。

井出さんは日本では忘れ去られている大和魂や武士道をも持ち合わせながらも父の祖国であるオーストラリア兵として戦ったその心中や様々な葛藤は大事な家族を育てた豪の生活と、名門ワラビーズのレギュラーポジションと
その仲間達から得た友愛の精神が勝ったことで海の中に消えていかれました。


ここで言う友愛の精神を育んだの土壌が「ラグビー」なのだと思います。

私の学生時代のラグビー部の輩はみな威圧的で野蛮で汚くて・・。と、まぁここまで私に最悪の印象を抱かせるものだと感心します。
そしてそのまま最悪の印象をもったまま先日に至りましたが「ブロウ・井手さん」の存在を知りまったく考え方が180度変わりました。※機会があったらラグビー部の方にお詫びしたいくらいです^^



"One for all, and all for one""No side"ラグビーの根幹を貫く大きなこのテーマは
今日、見てきた試合の節々にも感じられました。
おそらく人一倍涙もろい私だからかも知れませんが、試合が終わり双方が互いに固い握手を交わした後にそれぞれがベンチサイドの前に並んだと同時にギャラリーから賞賛の拍手を浴びる。
そして監督やコーチからのアドヴァイスや叱咤激励のあとにようやく観覧席に戻ってきた彼らの顔はみな上気し頬は真っ赤になって寡黙。潤んだ瞳から互いに今日のプレイの反省をしていたことが読み取れます。

今日の試合は中学1年生~3年生のいわば少年達。遊びたい盛りでやんちゃな少年達が互いに礼節を守り相手の事や自分の役割を考える力を育むことができるなんて驚きです。

「ラグビーは少年を男にし、男に永遠に少年の魂を抱かせる」

とうぶん私の熱は冷めそうにありません^^

◇2009/12/12  しのぶ庵寄席

しのぶ庵寄席の日はなぜか雨に見舞われる事が多いですね。

それでも12月とはいえ冷え込みの少ない宵なのでまだ助かりです。





桂福丸 月並丁稚
レギュラーの福丸さん。ご自身のBLIGにも書かれていましたが(しかも写真入りww)
小学校の五十音を覚える表のお話をつかみに、芸人がよく言う「舞台の上で死にたい」は、非常に迷惑であれやこれやと思いを巡らせ洒落に持ってゆく。また同じ流れで事業仕訳ネタや一事が万事などを洒落ネタで上手く使う。わりとベタな流れでしたが会場の雰囲気が堅かったのかどうなんでしょう。

さて、今日の福丸さんのネタは「月並丁稚」。
このネタを聞くのは実は二回目。昨年の7月の田辺寄席で聞く機会がありました。
たしか福丸さんって2007年11月が初高座ということなのでこの時点でちょうど半年。
そして今日聞いたのが約2年目のはず。

いまでも当時の様子を覚えていますが、当時と比べるとえらいもので、定吉と佐平さんの掛け合いや、十一屋さんの旦那、関取など、登場人物がいきいきと語られていてスッと大阪商家の世界に入る事ができました。

桂 三弥  火焔太鼓

東京落語のネタだとおもっていましたが上方版があるんですね。
で、調べてみますと、あるサイトにはこのお話は大好きな文太さんが移植したと書かれていました。

さっそく古今亭志ん生さんの東京版を聞いてみました。


お話の流れや内容は大半おんなじでしたが、なんと表現したらいいのか…味がちがう…というのか、言葉のテンポや東京弁の持つ響きで、ここまで変わるものなんだと感心しました。
もちろんサゲも東京らしい香りのする内容でした

桂三弥さんはご自身でも「なかなかみかけることがない」と言われていましたとおり初めてお目にかかる噺家さんですがもったいない・・。
すごくキレのいいお話口調が素敵な方でした。機会あればぜひまたどこかでお目にかかりたいとおもいます。

◇2009/12/6 猪名川町靜思館寄席

猪名川町靜思館寄席

今回で第五回となるこの寄席はすべて米朝一門が出演されているらしく、今回初めて笑福亭より生寿さんが参加されたそう。

さて、この猪名川町は大阪北摂地域にある大型ベッドタウンに挟まれた自然豊かな地域。ちょうどこの時期は私の大好きな新蕎麦の時期。事前下調べでは新蕎麦祭りがあるとの事で、10時すぎにはこの開場から少し離れた道の駅「いながわ」で雑穀粥の試食や十割新そばに舌鼓を打っていました。

毎月定期的にいただいている手打ち蕎麦のお店でいただくお蕎麦とはまた違った風味と舌触り。色も香りもまったく違ったのでびっくりです。今回のお蕎麦は、やや茶色目の殻付き。そして無骨な感じこそあれど、しっかりしたコシとモソモソっとした十割の歯ごたえが楽しめました。

2時間前には開場へ到着。会場は昭和7年に建造された茅葺総檜造の靜思館。
それは見事な古民家に加えご担当者の皆さんのアットホームな手造り感漂うあたたかいご接待やお心遣いが嬉しい落語会となりました。

笑福亭生寿  犬の目
前回にまして心地好い滑舌。まだ3年目と思えないくらいの器用さがある生寿さん。
総じて、若い演者さんの場合、自分の年齢以上の登場人物の描きかたが不自然になるのはしょうがないが充分なデキだとおもう。
前座っていうのはたしかに難しい。会場の雰囲気をグッと和らげ、雰囲気を作るのが大事な役割とはいえ、なかなか大勢の強張った気持ちをほぐすのは大変な役割で、とくに落語に滅多に触れない方にとっては未知の芸なんだからよけい難しいでしょう。

桂八天 まんじゅう怖い
この話はポピュラーな話だけに、おもうに「寿限無」くらいむつかしいネタなのでしょう。
本町の曲がり云々の怪談部分はあっさりと割愛し、与太話に置き換えたのは大正解。
(個人的には楽しみにしていたのですが)
地元の猪名川町の甘味銘柄があったらさらに爆笑かも。

桂米平 こほめ
米平さんの講座は今回で2回目です。前回はお手本通りにさらわれた感じのある「壷算」。今回は「こほめ」。
いずれも、年間で何度もきく機会のあるお話なだけにあらためて、「あぁ・・とってもきっちりされているなー」って感じる丁寧な落語でした。

伊勢屋の番頭さんのくだりまでは客席が中々渋かったようですが、赤ちゃんの家にいったあたりからやっとほぐれてきた感じ。
落語自体が初めての客層が多いのを見越してか、簡易な落語教室風のやり取りがあったのはおそらく客席のムードを感じ取られたからなのでしょうか?いずれも今日の三席は、いわば軽めの話。意外にお客様の方がもそっと重いのを期待していた感じがあったが、この価格は明らかに安すぎ。倍でもきっと大丈夫だとおもいました。

◇2009/12/5 愛車のこと

「あれ?車の音・・・なんかおかしいんちゃう?」


久しぶりに私の車の助手席に乗った方が言った。
「え?・・・やっぱり? 一ヶ月ほど前に同じことを私の母が言ったよ。」

ということで半信半疑ディーラーさんとこへ持ち込んでさて・・どうやって説明しようか。。

どんな音ですか?と聞かれても「なんか・・エンジン音にボォォッと低い音が・・」なんて音は言葉で表現できません(^_^;)


メカニックの方が運転して私が助手席へ。


エンジンをかけて5秒。。

駐車場内を出るまでもなく「あぁ・・・これは左後ろのベアリングが傷んでますね」
そのままディーラの周りを1週。

部品があるから半時間程度で修理できるとのこと。早速お願いさせていただきました。

「このまま部品を変えなかったらどうなるんですか?」の問いに「もっと変な音になりますから誰でも異常に気がつきますよ。」とのこと。

そうなのか・・私は1ヶ月以上も気がつかなかったんだww

交換後はもちろん、静かな愛車に戻りました。。
良かったよ^^

◇2009/12/2 玉手橋

玉手橋は昭和3年(1928年)に石川に設けられたつり橋。

近鉄南大阪線 道明寺を降りて今は無き【玉手山遊園地】へ行く途中、この橋を渡るとき、妙にドキドキしたものでした。

このドキドキは時折、揺れる怖さもありますがそれ以上に今から遊園地で遊ぶ事ができるという期待感だったのかもしれません。


残念ながら玉手山遊園地は平成10年(1998年)に閉園となりましたがいまでもこの橋はずっと石川の流れを見つめています。
登録有形文化財となり、この優美なシルエットは思い出と共にいつまでも残るのでしょう。

◇2009 11/30 花園余話

ラグビーは冬のスポーツ。万全の体制をして観戦にいきましょうね。
え?その格好は暑いんちゃうん?ってくらいでちょうどいい。。






昨日の第一試合の後半あたりからどんどん気温が下がりだしてきたので
慌てて駐車場へ停めてある車まで座布団と毛布をとりに行きました。
もちろん懐炉に手袋は必須です。車で来ているのでアルコールはご法度。そこで花園名物の「ラグマン」の登場です。まぁ、豚まんのラグビーボール版かな。

ちなみにお昼は「トライカレー」でした^^

◇2009/11/29 トップリーグ 花園ラグビー場

ラグビーってなんて不思議なスポーツだとおもう。
鍛え上げた肉体と精神力に状況判断力が必要で、しかも紳士のみが出来る球技、それがラグビー。
この夏にみた映画「君はノーサイドの笛をきいたか」の実在の人物のワラビーズに在籍した日本人。
ブロウ・井出さんの映画を見たことで、この不思議なスポーツに魅せられているのかもしれません。





そもそもスポーツには厳格なルールがあって初めて勝敗を競うことができるはずだけれどラグビーに、ルールは存在せず、あるのはLAW(法律)だけ。だから解釈はレフリーがその時点での状況判断でおこなうそう。
スポーツには厳格なルールがあると思っていた私にはなじみの無いルールのアドバンテージ(一方が反則したことで、もう片方のチームが利益を得た場合はゲームを中断しないでそのままゲームを続ける)やずるいプレーのラインアウトの時に真ん中にボールを入れなかった場合など非常に不思議に感じました。

でもラグビーのおいたちを考えるとすべて納得。
野球のように延長戦も無ければ、相手の弱点を狙うバントやスクイズなどは存在しない。
エキサイトし、たとえラフプレーがあったとしても、試合終了のホイッスルが鳴ったあとは、敵と味方ではなく、ラグビーを大好きな友人たちへと化す。たがいに称えあい握手やHUGを交わしアフターマッチファンクションとして、互いにビールで喉を潤す。

この精神が子供の頃から染み込むとすれば何分にも勝るものはないでしょう。
スポーツライターの藤島大さんが書かれている冊子が手元にあり、その中に印象的な言葉がありました。
「ラグビーは少年を男にし、男に永遠に少年の魂を抱かせる」

今日のトップリーグの「トヨタ自動車ヴェルブリッツVSクボタスピアーズ」「近鉄ライナーズVSリコーブラックラムズ」の2つの試合を観戦する前に
「レフリーから見たラグビーの魅了」という講座を受講したおかげでよりいっそう興味が増しました。
場内にはミニFMの電波にのって、講師を務められた太田始さんの軽快なおしゃべりの解説が流れてきますので、初心者にもやさしく、色々と解説してくださいますので、しらずしらずにグラウンドのボールを一心の見つめる私にもなんとなく面白さがだんだんとわかってきたように思います。また機会があれば間違いなく花園へ行くことでしょう。

◇2009/11/23 鼓ケ滝

伝え聞く 鼓ケ滝に 来てみれば 沢辺に咲きし たんぽぽの花
自信満々で西行が読んだ歌。

これが、たまたま泊まった宿屋の奥さんに手直しされて
音に聞く 鼓ケ滝に 来てみれば 沢辺に咲きし たんぽぽの花 となり

次に宿屋の旦那に手直しされて
音に聞く 鼓ケ滝に うちみれば 沢辺に咲きし たんぽぽの花 となり

そしてついには、その宿屋の小さな子供に
音に聞く 鼓ケ滝に うちみれば 川辺に咲くや 白百合の花 と手直しされてしまう。
原型をとどめない歌になったものの元の歌よりも情景が鮮やかで生き生きとしています。

それもそのはず、住吉大明神、人丸明神、玉津島明神の和歌三神が人間の姿となって
直接指導くださった賜物。
上には上があり、うぬぼれてはいけない。

※阪急電車能勢電鉄「鼓ケ滝」下車 徒歩3分

◇2009/11/23 神農祭

日本を代表する薬の町<道修町>(どしょうまち)
古くから日本古来の薬関連の集積場と流通の要として栄えてきました。

その道修町を代表する神事<神農さん>のお祭りは年内最後の祭りです。
道修町には有名な企業が多く、武田薬品工業、塩野義製薬、田辺三菱製薬をはじめ小林製薬・扶桑薬品工業 ・カイゲン・大日本住友製薬などが軒を連ねています。ところが、外国資本の参入や薬事法の改正等で業界自体が向かい風。そこで企業合併により本社機能の移転・統合により道修町の空洞化が見られる様子、きっと企業同士が生き残りをかけた鎬を削る水面下の熾烈な争いが行われているのでしょう。

◇2009/11/22 第515回 田辺寄席11月22日(日) 昼席

第515回 田辺寄席11月22日(日) 昼席   《新・じっくりたっぷりの会ー桂一蝶の段》

今年の春から第3土曜にお勉強会が入ったので土曜の昼席はいけなくなりました。
なので毎回日曜の昼席に参加させていただいています。

※ 開口0番(文太の前ばなし)「カ」の巻/「がたろ」
東西に走る本町通りと東横堀の交差するあたりから<本末の曲がり>をみることがでる。
商売根問いではガタロを釣ろうとする男がでてくる。また代書屋では男の商売は「ガタロ商を営む」でした。
遅くまで池や川で遊んでると「ガタロがでてくんで!」といわれたものでしたが、間違いなく最近の子供たちは聞いたことなぞない言葉でしょう。今日の文太さんのお話を聞いて一人そんなことを考えていました。

◇狸 賽         露の雅 (都門下)
最近ではもう珍しくないのかもしれません、女性の噺家さんで3年目になられるそう。
先日見たDVD「落語娘」や2年前の朝ドラ「ちりとてちん」でも散々話題になりましたが、違和感はどうしてもぬぐえません。
雅さん独自のくすぐりや、所作、目線などしっかり練習されてきたあとが感じられ「あぁ・・落語が大好きなんだー」って気持ちがしみじみと伝わってきました。

◇首提灯         桂 一蝶(二代目春蝶門下)
はじめてお目にかかる一蝶さん。すごく親しみやすいなんだか親戚にいそうな陽気な叔父さん風でした。
上燗屋のおはなしから、首提灯に・・。あれれ?こんな噺だっけと調べてみますと噺の前半部分が独立したのが上燗屋だそう。

◇515号笑呆亭/「藁人形」から   桂 文太 (五代目文枝門下)
どこかで聞いたことがあるタイトルとおもいましたが数週間前に「日本の話芸」で桂歌丸さんが演じられていたのを聞いたばかりでした。でも江戸前と上方は設定はほぼ同じだけれど、お熊姉さんと行念さんの感情の描き方が微妙に違うんですね。

◇町内の若い衆     桂 春雨(春団治門下)
桂春雨さんもはじめて拝見いたしました。たぶん忘れることは無いと思います。このお話も江戸前のネタのようす。
艶話なんでしょうけれど淡々とした口調が印象的でした。
◇高津の富        桂 一蝶(二代目春蝶門下)
色々な方のバージョンを聞いてきましたがやっぱり演者さんによって違うもので、意外な場所でクスッ!としたり、一蝶さん独特の笑所を仕掛けたり。たのしませてくださいました。

◇2009/11/21 教科書に書かれない幕末史 龍馬・新撰組の登場

NHKドラマつながりで大人気の坂本竜馬と新撰組。

商人才谷屋が手に入れた郷士株。次男坊の龍馬は坂本家で養子として生きる道を選らんだが、関ヶ原以降の上士と下士の身分制度の不条理と、元々の自由闊達な器量と努力でわずか19歳で剣術の目録を手に入れ、江戸へ修行に行くことが運命を分ける。

江戸で龍馬の見たものは黒船。品川警備の役務についた龍馬もはじめは単純な攘夷思想であった。
ところが佐久間象山と出会い、西洋兵学を学んだことから、その考えは異国の実力をよく知り、その上で攘夷をおこなう思想へと変わってゆく。もちろん同じ時期に、吉田松陰先生とも同塾であっているそう。

その頃、土佐では武市半平太が提唱する「一藩勤皇」と、関ヶ原の功労者の山内一豊の流をくむ幕府擁護の吉田東洋の水面下の戦いが繰り広げられている。
土佐勤皇党として国事周旋で勅状をとりつけ上洛をもくろむ武市は、萩に住む久坂への手紙を龍馬に託す。萩への8日間の滞在で久坂から武市への返事はあまりにもショッキング。
<まさに、今の世の中は武士も公家も頼りにはならない。大事の前の小事なのだから、藩なんてつぶれてしまったとしてもかまわないではないか。>
この手紙を武市へ届けた後、龍馬は脱藩してしまう。
この頃、京都では薩摩藩の挙兵の噂がながれ、全国から攘夷思想かぶれがぞくぞくと京都入り。土佐では武市が放った刺客で吉田東洋が暗殺される事件が起こる。悲しいことに京都挙兵は、島津自らが同士討ちを行い、寺田屋で殺戮事件が発生。この事件で過激な攘夷派の怒りは頂点に。
薩摩藩は幕府寄り公家の九条関白の片腕である島田左近の暗殺を、過激攘夷思想の連中へ手土産として人斬り「田中新兵衛」を背後であやつり、土佐藩は「岡田以蔵」をあやつり京都ではテロリズムが横行。
島田の部下を殺戮しパフォーマンス化してゆく。
そしてついに、幕府への当てつけか、足利三代木造の首を三条川原に晒し首を行った。その木造の首を眺めながら京都入りした240人あまりの浪人。これが浪士組。

壬生に本拠地を構えたもの、清河の浪士組結成の狙いは、上洛した将軍の警備ではなく
天皇の護親兵とのこと。この沙汰に納得できない集団13人あまりが新撰組として、京都守護の役目を担っていた会津藩の末端に組み入れられることに。

さて一方の坂本龍馬は、江戸入りし勝海舟へ弟子入り。ご存知、勝は黒船来航の際、各普請大名だけにとらわれず広く意見を求められた際に出した意見書が目に留まり、長崎でオランダに関する勉強を3年間させてもらっている。
将軍家茂が言い出した摂海海防の視察にちゃっかり同乗し、数百人程度の神戸の村に海軍兵学校を建設することをトップダウンで認めてもらったことでその責任者に。そして勝の私塾では、もちろん龍馬も塾頭として活躍したそう。
勝の狙いは、アジアを侵略するヨーロッパ、アメリカに対抗するためには日本、韓国、中国で連合艦隊をつくりその本拠地を神戸とすることであったそう。

残念ながら中岡と坂本は近江屋にて惨殺されたが、亡くなる1ヶ月前の手紙で龍馬は望月清平へ自分の苦しい心中を吐露しているそう。
京都に龍馬が入ったことは様々な刺客に漏れているものの、脱藩した身の上であるために土佐藩邸にもまた、薩摩藩邸も頼ることができない。自分が死んだら遺体は土佐藩邸へ渡してほしいと書かれている。

大胆不敵な印象がある龍馬は実は虚像だったのかもしれません。

◇2009/11/19 有朋自遠方来 不亦楽

先日の朝、取引先へ向かう運転中の私の携帯が鳴った。高校の同級生からでした。
実はこの秋に同窓会があり、長い間、疎遠となっていた私を暖かく迎え入れてくれた、その中の一人の方でした。
「○○ちゃん、お昼頃にそっちに行くけどいてる??」との事。
残念ながら私は外出予定なのでその旨を説明し会うことを諦めました。
名残おしく色々と話したかったけれど残念ながら電話を切りました。

そして、その夜には東京にお住まいの方からのお電話。
12月に大阪に行って私と飲もう!との嬉しいお申し出。
ところがその日程があまりにも予定しておるお仕事のスケジュールとおもいっきりブッキングでNGに。

せっかくみなさんが訪ねてきてくださっているのに、その期待に応える事ができずに悔しい気持ちでイッパイです。

会いたいけれど会えない。
そんなやるせない気持ちを抱えた昨日でした。

ところで、有朋自遠方来 不亦楽の続きってどんなんでしたっけ?
夜半雷雨・・・・花・・酒・・・どうたらこうたら・・・・。

わたしの記憶違いなのかなぁ?

◇2009/11/16 最近の<ありがとうございました>

営業を主軸とした会社での朝の風景はきっと体育会系なノリで始まるのでしょう。
私のイメージではきっと、上司が朝礼をし、その前にずらっと部下が勢ぞろい。
「おはようございます!」や「社訓」なんかを唱和したりして。
で・・元気がない=声が小さい・・とか笑顔の練習なんかをしたりしてるみたい。
おそらく、正解ではないかもしれませんが、そうハズレでもないと思います。
さて普段は歴史や落語のことばかりをかいている私が何故こんなことを書いたのか・・ それは、先日すごい違和感を感じたからなのです。

毎週火曜日はDVDレンタルが100円引きというお店があることを聞きつけたのでさっそくいってみました。店内はお客さまが沢山おられる混雑状態で、店内のBGMや接客の声、お客さま同士のたのしそうな会話となかなか活気のあるお店です。

このレンタルDVDショップは、店頭にならんであるレンタル用のDVDを自由にチョイスして受付カウンターで清算するシステムなので、店舗の主要な業務は
カウンターでの接客以外に、返却されたDCDをいちはやく店頭に戻す作業が大変重要となります。

広い店内を忙しそうに返却されたDVDを抱えてもとの位置に戻す従業員。
離れたカウンターではレンタル手続きが終わりお店を後にするお客さま。

「ありがとうございました」「ありがとーございました・・」店内にこだまする従業員の一斉の掛け声。

もちろん入店した際の「いらっしゃいませー!」「いらっしゃいませー・・」の声も同様に一人が発生したら次々と声を出さなければならないルールなんでしょう。

日は変わり昼食のために入ったお店でも同じような出来事がありました。
お客様が入店するたびに、フロア担当が発声する「いらっしゃいませー」、そのたびに厨房やフロア担当がおなじように発声するお店。

機用に調理をしながらでも発生する調理担当さんやレジの手を止めてでも「いらっしゃいませ」という従業員。

某百貨店では毎朝6大用語を唱和しているそう。

「いらっしゃいませ」「かしこまりました」「恐れ入りますが」「少々お待ちくださいませ」「お待たせいたしました」「ありがとうございました、またどうぞお越しくださいませ」。

これらの言葉は1対1の接客をベースとしている前提の言葉であり、それぞれの言葉にはお客様への感謝の気持ちが込められています。
従ってこれらの言葉を発する時は目の前にお客様がいることを前提としているはず。
言い換えれば、目の前にいない場合、発声することは口先だけの言葉であり、そこに感謝の気持ちは存在しないのではないでしょうか?

沢山のDVDを抱えていたり、忙しくて手がいっぱいだったり・・またお客さまが見えない位置であっても言葉を発することは可能だけれど気持ちの無い言葉ほど邪魔なものはない。

お客様に感謝の言葉を伝えるはずの「ありがとうございました」が、言葉だけの社内ルールと化してしまうと、もうその店は最悪で煩いだけの店になってしまいます。
※写真~大阪太融寺にひっそりと笑顔で微笑む「田の神様」(たのかんさぁ)。淀君のお墓のすぐ横におられます^^

◇2009/11/15 わが夫坂本龍馬  おりょう聞書き



わが夫坂本龍馬



一坂太郎先生著 

坂本龍馬ってなぜこんなに有名になったか?いろんな事柄に尾ひれがついて神格化していくようです。この書籍では等身大の龍馬を知る事ができます。また要所にかかれている時代背景と合わせてすごいわかりやすくまとめられています。

◇2009/11/15 第5回笑好寄席

◇2009 11/16 第5回笑好寄席

柏原駅前アゼリア柏原
14時~16時30分



商工会、青年部主催の地域活性化のためのイベントでおよそ150の席がすべて埋まりました。雰囲気としては上方落語に触れておられないお客様層が多いご様子、そのためかネタはわかり易さやとっつき易さを考慮した充実の内容で値打ちあり!大満足の落語会となりました。


プログラムを拝見していきなりびっくり!どうやらトリと務められる笑福亭竹林さんがインフルエンザで代演さんが桂 坊枝さん!もちろん、笑福亭竹林さんも大好きですが実は桂 坊枝さんは先日別のイベントで拝聴したばかり。いつかじっくりと楽しみたいと考えていた矢先だったのでおもわす「ラッキー!」って
←竹林さん♪ごめんなさい。いつかじっくり落語をたのしませてくださいね♪

笑福亭 生寿 花色木綿

H19/2にご入門されたばかりの若々しさのある好青年♪
元気でハキハキした口調で、予想以上に上手。声量や滑舌もよく聞きやすい。
前座のプリンスと異名をとっておられるらしく、携帯の注意で、お客様の心をグッと引き付け、テンポの良い口調はとても聞きやすかった。すっごい楽しみな生寿さんです。

桂 まん我  のざらし

登場人物の様子が生き生きとしていて、色気や怖い話や脳天気な話の人物の書き分けが明確。
まん我さんはちょうど1年ほど前に田辺寄席で「寄合酒」を演じられ、そのときは無難なイメージがあったのですが、今回はみごとに大爆笑の会場となりました。

桂 文三 七度狐

この柏原ご出身とのこと。柏原商工会からのお知らせ竹林さんの事情説明をされ<七度狐>の世界へ!もちろんフルバージョン。

東の旅シリーズではわたしが一番大好きなネタで、もちろん独自のjクスグリがありーの、定番の場所での大笑い。
私がいちばん思い入れのあるお話で記憶の通りの台詞で進みました。
さすが文三さん、微妙な間や所作、表情で軽快な喜六清八の世界に全員を連れていってくださいました。


笑福亭純瓶  いらち俥

中入りが終わった後、お茶子さんが名前をめくり忘れたようで高座がはじまっても、「中入り」のまま!

しかしみごとに純瓶さんは笑いに変えてつかみはオーケー状態。
こんなことができることがキャリアや余裕なんでしょう。
話の方はわずかに割愛されましたが汗いっぱいのオーバーアクションで大熱演でした。

桂 坊枝  天王寺参り

竹林さんの代演。いきなり坊枝さんに依頼されたのではなく、米朝さん、春団治さんをはじめ上から順に声がかかり、なんと122番目に依頼されたとのこと(笑)、また10年後輩の今年の初夏につく枝さんが文三を襲名したが私は…と不条理をネタにする。
しかしながらその実力やタレント性は折り紙付き!

先般、毎日放送のラジオのイベントで一日限りの創作落語を披露され、その器用さに感心したばかり。
さて、今日のネタは「天王寺参り」。前回聞いた雀々さん版の私の笑いのツボだったクロの戒名はスルーされたものの独自のくすぐりをいれ楽しませてくださいました。


この「天王寺参り」はこの秋のお彼岸時期に桂 雀々さん、桂 雀喜さんのお二方のを聞かせていただきました。みなさんそれぞれ個性のある天王寺参りでした^^

◇2009/11/14 しのぶ庵寄席

◇2009 11/14 しのぶ庵寄席
なんとハードなスケジュールでしたが余裕で到着しました。

桂 福丸 河豚鍋

マクラでは、落語の師弟関係に関するお話や次回以降、来年2月までのしのぶ庵寄席の宣伝をされました。
ちなみに2月は特別記念公演で福団治さんのご登場です^^
やはり福丸さんの魅力はテンポのいい話し方。素人のわたしが言うのもあつかましいのですが、福丸さんの高座を1年間を通して何度か
聞かせていただきましたがたしかに上手くなられたようにおもいます。次回も楽しみにしています。

桂 あさ吉 鹿政談

米朝さん宅の3階で暮らさてら住みこみ修行次代のお話。
実は今日の長距離移動の合間に米朝さんの受賞番組の録画を見ていましたがその中に武庫之荘ご自宅や内弟子3年間の映像があり
今日のあさ吉さんのお噺と妙にシンクロして納得しました。

また奇遇なことに、その次に見たDVDが昨年放映された「疾走!上方落語」で桂 かい枝さんの英語落語公演の様子。もちろんあさ吉さんも参加されていた矢先に今日のあさ吉さんのマクラが英語ネタだったのですごく楽しめました。もちろん英語じゃなくてもたのしかったですが、米朝一門の鹿政談でも演者さんによってその魅力は色々。たのしいひとときをすごさせていただきました。



さて余談ですが今日のしのぶ庵でいただいたお蕎麦と蕎麦湯はいつもよりまして格段においしく思えました。ふむ・・・なにが違っていたのか。。。。

◇2009 10/31 金子みすヾこころの宇宙へ

「奈良みずヾの和」発足20周年記念講演会
金子みすヾこころの宇宙へ  -咲かそう みすヾコスモス-
奈良県葛城市當麻文化会館大ホール

・「奈良みすヾの和」20年のあゆみ 
・講演 矢崎節夫先生
・講演 佐治晴夫先生
・花束贈呈

11時30分頃に会場到着。すでにたくさんのみすヾ会の方々が忙しくされているご様子。
ロビーに掲示されている20年の歩みのパネルや、たくさんのみすヾさんの出版物を見て歩く。
定刻12:15開場の後、予定通りスライド上演。

◆矢崎節夫先生の講演に触れるのは今日で2回目。数年前に拝聴する機会があり、今でも当時のお話の内容を鮮明に覚えています。

現代の悪しき風潮では「私と貴方」という、自己本位的な主張が多い。あくまでも「あなたがいて私が存在する」、そんな哲学的な主張の中に立つことで、初めて自然に生かされている自分が存在します。
子供が生まれてはじめて両親は親となります。私たちのところに生まれてきてくれた子供は、自分たちの宝物であるという言葉や意思表示が無ければ、子供は自分の存在意義を見出すことが出来ません。みすヾさんの詩を引用していろんな言葉のもつ意味と言葉をかける大切さを話されました。

◆佐治晴夫先生は今回初めて。理学博士・鈴鹿短期大学長・元NASA客員研究員とのこと。

自分とは?男女の性差とは?そして人間への進化は体だけではなく内面的な心の進化を捉え、さらなるコミュニケーションの方法は不完全な要素をもつ言葉を媒体とするものではなく「音」であるとおうお話でした。また最近有名になられたピアニストの辻井伸行さんは、盲目という障害だけではなく大変なハンデをお持ちであるがその才能についてを話されました。途中、娘さんのピアノ演奏とリコーダとの演奏がりました。

◆花束贈呈で、今回はじめて金子みすヾさんのお嬢様でおられる、上村ふさえさんのお姿を拝見させていただきました。
金子みすヾさんが、自ら命を絶たれたキッカケともいえる、娘の感性をはぐくむ大切さを捉えたことで存じていましたが
今、目の前におられるふさえさんを通して金子みすヾさんを偲ぶことが出来ました。どうぞいつまでもお元気でいられることを願ってやみません。

今年、みすヾさんがご健在であれば106歳であるとのこと。
みすヾさんを見事、現代によみがえられた多くの皆さんのご活躍に頭が下がるおもいでした。
ありがとうございました。

◇2009 10/31 道の駅ふたかみパーク當麻

今までなんども訪れたことのある道の駅。
いつもこの寒い時期になると「こんにゃくを炊いたん」を頂きますが今日は初めて奥に有る食堂へ行く機会がありました。

実は田舎の料理にはあまりいい思い出が無くてさほど期待もしていなかったのですがところが久しぶりのHIT料理に出会いました。

手打ちのおうどんなのですがどこにでもあるような製麺所製ではなくおそらく自分達で作られたとおもうようないなかの麺。
小麦を殻ごと挽いているためか面の色は茶色で平麺。それも微妙に厚さが不均等なのがご愛嬌というか妙なノスタルジーさえ感じます。

甘めの醤油ベースにシメジ茸がトッピング。摩り下ろした土しょうがをかけていただくこのお味は素朴・純朴そしてシンプル。

もともとおうどんで高額なのは許せない私。おいしいかやくご飯に小鉢、お漬物がついて750円だからまぁ手ごろ。

併設されている販売所ではこの麺は販売されていないようで、このあとの予定の時間が迫っていたためお話を聞く事ができずにこの道の駅を後にしました。
いずれまた行くことになるとおもいますのでこの時は聞いてみたいと考えています。

◇2009/10/25 第50回 めふ乃寄席

第50回記念めふ乃寄席。いつもの指定席をGET♪かぶりつきww
今日のめふ乃寄席は12年前の10/25に第1回を行いそして今日が50回の記念公演ということで桂春団治さん、桂雀松さんをゲストにお迎えし、大入り満員、会場はすごい熱気でした。

さて会場を待つ私たちの横を染左さんが駆け抜けて行かれます。そのあとを竹丸さん、阿か枝さんが楽屋口から飛び出し一目散にエレベーターへ。しばらくすると、桂春団治さんのご到着です。
落ち着き払い、ゆっくりと歩かれる春団治さん。そしてカジュアルな姿の雀松さんも、会場入り。
なんだかお姿を見られて得した気分でした。

桂阿か枝 動物園
ネタ下ろしをされて間もないのか、それともゲストさんが見られている影響なのか、なんとなく緊張されている様子が伝わってきます。紹介状のくだりやラストの対決シーンでなんとなく矛盾を感じる箇所がありましたがそれでも充分会場をあっためられました。トラの歩きかたも見せ場なんですがスッと流した感じですが無難に手堅く纏められた感じです。

林家竹丸 餅問答

マクラで、このめふ乃寄席が他の寄席に負けていない点を言われていました。もちろん改札を出てわっずか1分!もありますが
まじめーに考えてみるとこのめふ乃寄席の良さはなんといっても、生のはめものの良さ。
生ってだけじゃなくて、皆さんの修業の成果で、ご達者な方ばっかりなだけに臨場感たっぷりな落語がたのしめることだとおもいます。
さて、この餅問答は、江戸前では「こんにゃく問答」とされていて、数ヶ月前に楽珍さんで「こんにゃく問答」を楽しませていただいた記憶があり、今回のは主人公が借金の絡みで転がり込んできた先がこんにゃく屋。このこんにゃく家の主は元任侠の世界で・・云々に該当するくだりが弱いかな?って感じました。
それでも永平寺の僧が問答を仕掛けるシーンとその解釈のシーンが山場ですっかり噺の世界にのめりこんでいました。

桂雀松 上燗屋

自由に座の雰囲気を読んで笑いに変える雀松さん。マクラは気象予報士ネタ♪これが何度聞いても面白いです。さて上燗屋ではいわゆる「酔っ払い」が主人公ですがその口調が秀一♪しかも独特の色気ある奥さん役がなんと似合う事か。
「えぇ。わたしがぜーんぶ戴きました」で大爆笑♪

林家染左 やかん

抜群の安定感の染左さん落語。それでも大御所お二人の前での緊張がありありと伝わってきました。お魚の謎解きから身の回りシリーズにつながるとこはすごくキレイで違和感もなく、また講談部分はすごくお得意な様子♪

桂春団治  鋳掛屋

上品で、かつ大胆な話口に加え所作と、あたかも自分の回りに悪ガキが取り巻いているかの如く感じさせる視線を目の当たりにすることが出来ました。「おっさん、あんた細君ごわすか?」「おっさっさぁん」の独特な節回しは耳に残っています。先日は「代書屋」、そして今回は「鋳掛屋」を生で楽しませていただき感激です。

さて今回も納得の2時間半。すごく満足できましたww帰りに50回記念のてぬぐいを頂戴しました。
帰宅し手拭を空けてみると。これがまた楽しいデザイン! 染左さん、阿か枝さん、竹丸さんの演じてこられたネタをデザインされていました。写真は後日UPします♪

最後に50回!おめでとうございます。これからも楽しませていただきます(*^.^*)

◇2009 10/18 田辺寄席 《新じっくりたっぷりの会―桂都丸の段》

第512回 田辺寄席 10月18日(日)昼席午後1時10分開演 
   《新じっくりたっぷりの会―桂都丸の段》    
               
   一、つ る     桂とま都(都丸門下)
   二、鯛       桂 都丸(都丸一門)
   三、〈贋作芝居噺〉瑠璃壺名誉早駆 桂 文太(五代目文枝門下)
       <仲入り>
   四、つぼ算     桂 米平(米朝門下)
   五、質屋蔵     桂 都丸(都丸一門)

開演10分前からはじまる開口0番。イロハ順で今回は・・【ル】~ルリイロセンチコガネ。
先日朝のラジオでたまたま奈良の鹿の糞とこの虫の話を聴いたばっかりだったので聞き覚えがあった内容でしたが主題は
まぁ・・横道に反れまくりwwダンゴムシやら・・ハサミムシ・・・とか。。
震災のお話まで出てきて会場は大爆笑ww

桂とま都 つる

何年目の方なのかわかりませんが、若者噺家さんはみなさん元気でハキハキされていること。
もちろん とま都さんは滑舌も良く、メリハリのある口調は気持ちいいものです。でもどうしても年配の喋り方は研究の余地ありなのか難しいでしょうね。
声色ではなく、仕草や話し方のリズムや目線・・など難しいんだとおもいます。

桂 都丸  鯛
初めて聞いた奇想天外な話。目線の大半が、料理屋の生け簀にいる鯛同士の会話。いったいこんなんで、成り立つのか半信半疑ww
見事オチを付けてくださりました。
来年、都丸さんも鯛になられるそうでww楽しみにしています^^

桂文太 瑠璃壷名誉早駆
おもいっきり芝居話。瑠璃の壷を巡るお家騒動を目論む家来の興行芝居を見物する老女二人のやり取り。・・なので、芝居のストーリーはマクラで一通り話された後に始めから順を追ってゆく珍しい話運び。
瑠璃はラピスラズリ。きらきらした明るい青色、吉田城は豊橋にあった城。名馬春駒にのって輿入れの決まった姫からの献上の品を届けかえる途中、奪われてしまう芝居噺。文太さんの世界にいつしかその舞台を見ているそんな気がしました。

中入り~中庭で、おはぎをいただきました。おいしく頂戴いたしました。

桂米平 坪算

きっちりと笑いのポイントを押さえていて手堅い印象。米平さんは初めてお目にかかりました。大好きな楽珍さんに似ておられる風貌。
三人の布袋さんのくだりからきっちりと成り行きを話された自然な話はこび。ぜひ次回、またお聞きしたい噺家さんです。
このメジャーな話をきくたびに思うのですが、壷の容量を示す単位の「一荷入り、ニ荷入り」って皆さんわかっているのでしょうか?
商品価格が3円50銭。この辺りの表現になにか改良の余地がありそうな気がします。

桂都丸 蔵丁稚

40分以上の長話を表現豊かに話されました。特に三番蔵向の奥座敷の描写では、その情景が鮮やかに脳裏に浮かび上がりました。
手伝いの熊さんのほほえましい人間性もきっちり伝わり、来年の塩鯛襲名を踏まえた今後のご活躍が楽しみです。

◇2009 10/17 こんちわコンちゃん1179寄席

応募したのが随分遅れましたが運よく当選。
座席も前から数番目をGET。



座席数は300席で大阪市を初め毎日放送関係者など多数来られていました。落語Funだけではなくラジオのリスナーさんが多いような感じ。

近藤光史アナの登場で会場は拍手喝さいww「今日は、お足元もそう悪くなく・・お天気もそう悪くなく・・」「今日はおもしろいこと無いですよー」「平松が遅れとんねん」等会場はそのたびにどっかんどっかん!公開録音であれば拍手の練習があるかとおもいきや、「平松市長の登場です!どうぞ!」の後に続く会場でのリアクションの練習を数回ww完全に舞台と一体化。これだけ笑いがとれると、落語家さん・・やりにくいでしょう^^

・桂とんぼ みかん屋
明るく楽しい雰囲気のキャラクターのとんぼさん。全速力で駆け抜けたようなみかん屋でした。
マクラにあったように、たしかにラジオ番組のリスナー対象というのはやりにくかったとおもわれます。

・桂坊枝 市民協働(不明)

大阪市がテーマに掲げている市民協働を基にして、小佐田さんが、書き下ろした今回だけの新ネタ。大阪泥棒組合の会合を舞台にして、大阪の掲げているひったくりやゴミ、放置自転車等の問題にオチをつけていく。会話でぎこちない個所があったものの一回こっきりの話を繰り広げていく技量はすごいとかんじました。坊枝さんはMBSでリポーターをされているそうで、自らを「出入りの業者みたいなもん」と例えられたくだりが良かった。

桂雀々 鷺取り

四天王寺五重塔の上にほりあげられた主人公以降の俄が見せ場ww今回は西中島南方と、天満の天神さん。オチは初めて聞くパターン。落語ファンでなくともたやすく世界観を想像できる鷺取り。商売根問いにある、「鳥取り」の雀のくだりからして、すでに会場は大爆笑でした。

トーク

近藤アナ、雀々さん、太平サブローさんと、平松市長が繰り広げる爆笑トーク。
平松さんは業務で遅れてこられたらしく、今回の近藤アナの前説で仕込みがあり、平松市長さんが登場の時に意表をつく演出で、すでに会場と舞台は一体感に包まれていました。タイトルにもあるように「こんちはコンちゃん、1179MBS寄席」の主役は勿論、近藤アナウンサー。ざっくばらんな口調で会場をグイグイひっぱる話術はさすがアナウンサー。同期の平松市長さんも、時々話される、べたな大阪弁が親近さを感じさせてくれました。

しっかし・・サブローさんってあんなに痩せておられたっけ?ちょっと心配です。

◇2009/10/17 こんちわコンちゃん1179寄席のお知らせ

わりといろんなモノやコトに当るわたし。



小さなところで運を使うよりもおっきーなのが当るほうが嬉しいんだけれどそれでも、このイベントが当選したのは本当に嬉しいです^^

http://www.mbs1179.com/cp/

またジャッキーさんや坊枝さん、都んぼさんの落語が楽しめます。しかも平松さんも来られるそうで。。
昨年、大阪城で堅い握手をしていただいてからなので2回目です♪

もちろん司会のコンちゃんも楽しみです。

風邪をひかないようにしなきゃ・・ね。

◇2009/10/17 教科書に書かれなかった幕末史 <長州暴走と楠木正成>

長州、薩摩それぞれ外様大名の国事周旋で孝明天皇からの勅使や勅状が幕府へ。

その内容は様々なものだが、確信はもちろん攘夷。
和宮降嫁の条件や催促等あるたびにらりくらりとかわしつづけた家茂もついに限度。3月に3千人の幕臣を引き連れて上洛することに。
生麦事件の影響で英国艦隊から脅されているために海路は諦め京都まで街道を通ったそう。
この上洛を上手く使って幕府に強大な力を取り戻すことをたくらんだ慶喜さんももちろんご同行。
天皇の前で攘夷の期限を決め、いち早く江戸に帰りたかった家茂。それでも岩倉卿を抱きこんだ長州は簡単に家茂を返さない。上加茂神社、下加茂神社への行幸に加え岩清水八幡にまで行幸。ところがこの八幡様は源氏をお祀りしてある神社。すなわち徳川は自らの先祖の前で攘夷祈願をする破目に。さすがの家茂さん、慶喜も当日はドタキャン。

さて、せっかくのこの上洛の途中で引き返すことになった老中格小笠原長行。生麦事件の賠償として英国に10万ポンド。殿のお帰りを待ちわびていたが一向に帰ってこない。
それならば・・と・・・ここで教科書に掲載されない事件が勃発したわけで。

家茂直筆の書状が淀で待機していた小笠原長行に届かなければ・・・そして不気味な事件「姉小路公知殺人事件」と容疑者自殺の事件がおこらなければ・・・京都を舞台にした長州藩VS幕府の壮絶な死闘がおこっていたのかもしれません。

次回は11月21日 龍馬・新撰組の登場。歴史ファンには見逃せない講座です♪

◇2009/10/10 第9回しのぶ庵寄席

第9回しのぶ庵寄席

笑福亭瓶成 書割盗人
桂福丸 転失気

通例では福丸さんが前座で瓶成さんがトリになるはずですが、瓶成さんのご友人が神戸でご結婚式とのことで、二次会参加の為に順序を入れ替えられたとのこと。また、式が押したそうでギリギリで登場し、一席終えて即座に神戸にとんぼ返りされたご様子。

書割り盗っ人では、やもめ・甚平さん、盗人の三人の登場人物のそれぞれの会話の間が少し流れ難かったみたい。
マクラは神戸から新快速で会場に向かう中の着音に関することや、伊勢に遊びに行ったときの座席に関するネタ。本題との関連が薄くなかなか噺の世界に入れませんでした。
きっと時間と心にゆとりが無いとどこかに歪みが現れるのが落語なのでしょう。
ぜひ今度はゆっくりと聞いてみたいとおもいます。

いつもしのぶ庵寄席で、一席目をされている福丸さんがトリというためか、やはりこれも違和感が拭えませんでした。
また着実に実力をつけてこられている福丸さんでも、口調や仕種から、小僧さんがぴったりはまり役だけれど、年配の雰囲気を感じさせるのは若者には難しいのでしょうか。

今回もとても楽しい時間とおいしいお蕎麦を戴きました。ほんとに継続って力なんですね。
さて、次回はあさ吉さんのご登場。とっても楽しみにしています。

◇2009/10/10 大阪城・鎌八幡・玉造稲荷神社

火天の城に関する特別展をみるはずがすでの終わっていました(-_-、)







大阪の役に加担することとなった真田幸村。

武運を祈願しこの鎌八幡へ参拝されたそう。
寺社内は撮影禁止。大きな木に沢山の鎌が突きたてられていてなんともいえない雰囲気があります。




江戸の伊勢信仰の高まりとともに伊勢参りが盛んになり、その基点がこの玉造稲荷神社です。

上方落語では<東の旅>と称して発端、煮売屋、七度狐、軽業、矢橋舟、宿屋町、こぶ弁慶、三十石などがあるそ うです。 ちなみに西の旅は金毘羅参りです。

◇2009/10/3 林家染丸還暦の会

林家染丸還暦の会へ行ってまいりました。場所は国立文楽劇場^^
前から数番のとてもいい席をご手配くださって感謝です。

一番太鼓のあと、「ぬのじうさぎ」の紋の染め抜きの大幕が、払われたあと口上の始まり。
林家一文総勢16人が紋付袴で勢揃い。
日頃よくお見かけする染二さん、染左さんや竹丸さんを初め内弟子の愛染くんまで皆さんとてもいいお仲間です。

さて口上の後は親交の深い(とおもわれる)酒井くにお、とおるの漫才で客席をあっためます。
酒井繋がりで、薬の話から改名の下りで大爆笑。

いよいよお目当ての桂春團治さん。出し物は十八番「代書屋」。円熟した話術と所作の妙技で、大爆笑。やっぱり三回出てくる「一行抹消」のくだりでの10秒以上動作のみで、視線を釘付けにする間は見事。

次は今回の見所の林家に伝わる「天下一浮かれの屑より」を染丸さんの出番です。衣装は赤いちゃんちゃんこではなく、チラシにも掲載されていました赤い紋付。これは一門が作ってくださったそう。そごぃキレイな朱色に近い赤色でした。
さてネタの方では、一瞬「飛ばした?」と思われた箇所がありドキッとしましたがちゃんとつじつまをあわされました。ひょっとして構成を変えたのかもしれません。
古典芸能に精通されている染丸さんだけあって、歌舞音玉も申し分ありませんがなにせ体力勝負のこのネタなので、汗だくになられていました。

数十分の幕間の後、二部は歌舞伎「釣女」を一門で演じられました。
ハイテンション染二さんが殿様役、太郎冠者役を染丸さん、そして醜女をゲストの鶴瓶が演じられました。芸達者な鶴瓶さんは8月末にヘルニアの手術をされたばかりで昨日やっと練習されたそうですが、笑いに替えるセンスは見事です。

終演時間を40分近くオーバーして終わりました。
とても見ごたえのある今日の還暦の会。満足でした。

◇2009 9/29 溶連菌感染症

家族の一人が溶連菌感染症にかかったみたい。

は?なに?それ??って感じの私。

唾を飲み込むのも痛いらしいし、喉もまっかに腫れているらしい。

ググってみると、これがどうやら空気感染なので家族は注意しなければまず感染するそう。潜伏期間は5日程度なので当分は今まで以上に
うがい・手洗いの励行しなくちゃ。。

さてこの溶連菌感染症は今の名前であり、そのまた昔の名前は<猩紅熱>と言われていたそう!
猩紅熱と聴いて私はイの一番に若草物語を思い出してしまいました。

たしか・・四姉妹の3番目の娘のベスがこの猩紅熱で苦しむシーンがあったはず。。
溶連菌感染症は油断しちゃダメな病期です。

◇2009/9/28 美味しいお店

大阪市内でも美味しいお蕎麦を食べられるお店はそう多くありません。
特にこの時期は新蕎麦の風味を楽しむことが出来る貴重な時期だからこそ、外出したら蕎麦の上手い店に入りたくなります。

さて、最近ご縁があって、ミナミのはずれにあるお店でお蕎麦をいただく機会がありました。そのお店は手打ち、自家製麺が売りなだけに非常に美味しく、プリプリっとした見た目と腰の強めな歯ごたえを楽しむことができました。
そして最近、この店の支店がミナミの有名な商業施設にあることを思い出したので行ってきました。

ランチのピーク前に入店できたおかげで窓際の明るめの席。運ばれてきたお蕎麦を私たちが食べていると、みるみる間に座席は埋まって行きます。そしてそれにつれて意外なことに気がつきました。

黒くデザインされたタイル貼りの床に強化ガラスの壁、綺麗に装飾された天井に和の明かり。
いわゆる和モダンテイストでまとめられた空間に流れるジャズの調べ。

本来落ち着いた空間であるべき場所に、なんと来店客の会話が複雑に反響し、なんとも不快な空間に早変わり。
それはまるで、御堂筋の雑踏の中に添え付けられたテーブルで食べているかの如く、錯覚を起こすほど。ランチタイムの慌ただしさを切り盛りする、店員さんのバタバタとした足音に紋切り型の会話が耳障りで、余計に環境を悪化させています。

これでは美味しいお蕎麦を味わうどころではありません。

美味しさは、何を、いくらで、何処で、誰と、どのように、食べるか。が、組合わさって醸し出される物。いくらおいしくても、店員さんの常識外れの会話や、ぶち壊しの店内の雰囲気はあまりにもったいないとおもい書きました。
そんな店には行かなければいい。それだけのことですがそういえば、店員さん同士の私語雑談の目立つ店が増えたようにおもいます。
接客業では禁止されているはずの私語雑談・・。酷いときは厨房とホールの間で大声で交わされる下らない話。バイトの方なのかあまりに品性のかけらも感じられないようにおもい、知らず知らずにそのお店には行かないようになっているのは私だけではないと思います。

せっかく美味しいお食事を提供されていても、それ以外の部分で損をしているお店が多いようで・・。そう思いません??

◇2009 9/27 染左開発計画

はじめて参加させていただきました<染左開発計画>です。
受付では染左さん自らが受付をしていただき感激♪なによりも名前を覚えていただ居ているようで嬉しさ2倍です^^

・林家 染吉 子ほめ
簡単明瞭なマクラ。今日の収入は自宅の電気代に消えるそう。
久しぶりによく練りこまれた子ほめを聞かせていただきました。
はじめて主人公の奥さんが登場しなかったバージョン。しかも祝儀は1000円。
もちろん色々と独自のくすぐりを入れていられて秀逸と感じました。この話しって比較的入門されて初めのほうに習われるネタってイメージを持っていましたが
演者さんの力量でホントに面白いお話になるんですね^^ とっても楽しい子ほめでした♪

・林家 染左 浮かれの屑選り
このネタを聞きたいので今日参加させていただきました。今までは染雀さんが行われた屑選りを2回拝聴。
途中で座布団や扇子を投げ出してしまう上に、前転するとても体力の必要なネタなようです。しかも
歌舞伎や長唄、舞等の要素も必要で難しいお話なのでしょう。
誰が誰に話しているのか・・の切り替えや踊りだす居候の表情にドキっとするところがあり本当に期待を裏切らない出来であったと思います。来週染丸さん還暦の会へ行きますがこのときにも屑選りを聞くことが出来るそうで三人三様の紙選りがたのしみです。

・桂  紅雀 くっしゃみ講釈
三つ子の魂百まで・・・このくっしゃみ講釈は、笑福亭仁鶴さんのLPレコードを当時珍しかったカセットテープにダビングして、擦り切れるくらい聞いていましたので、覗きからくりのセリフやけったいな唄(ぶんぶの背中はピーカピカ)まで頭に入っていました。もちろん大好きな枝雀さんもバージョンも大好きです。さて、紅雀さんは枝雀さんの最後のお弟子さんのようで、すごく聞きやすくなじみやすいキャラをお持ちな方です。最大の聞かせる箇所、後藤一山の講談の難波戦記。おもわず聞きほれてしまいました。

・笑福亭 智之介 野ざらし
マクラのネタは一旦停止義務違反の費用に充当されるそうww
主人公が釣の途中であれやこれやと妄想するシーンはあったっけ?途中で終わっちゃったのが残念。とはいえ時間の都合があるからしょうがないんでしょうね♪

・林家 染左 景清
目の見えない目貫師の定次郎が、甚兵衛さんや観音さんに悪態をついたり、また甚兵衛とのくだりでホロッとさせたり、喜怒哀楽にくわえ、芝居話しだけに力量が必要なネタなんだと思います。見事に演じわけられたようで、私は最初から終わりままでずっと景清の世界観に入ったままでした。雷雨のシーンでは手をぎゅっと握ったままで私自信がそのシーンを真横で見ていたようなそんな気持ちさえします。

◇2009/9/23 IKEAでの出来事

このシルバーウイークの4日目にIKEAで照明器具を購入しました。


さて帰宅後、さっそく設置しようと開封すると、照明用のコードがありません。
「あらら・・・別売りだったみたい・・」と自分のドジさにあきれ返りました・・。さて翌日朝一番にまたIKEAに行きその照明器具売り場へ。

するとその器具は別売りでもなんでもなく、電機のカサ部分に透明のビニール袋で付けられていたようで、私の選んだカサには付属品が取れていた・・。という感じ。


さて・・困った。。。

私は昨日買ったレシートもイケアカードも持っていない。。
もちろん別売りと信じていたので持ってくるつもりもありませんでした。
なので買ったことを証明できない。。


たまたま近くに通りかかった販売員さんに事情をお話したところ簡単に付属品を手渡しくださいました。レジでその旨をお話しすれば大丈夫ですよ^^
との事。

後の予定も詰まっていたので早足でレジに向う私を再度呼び止めた店員さん。

「レジでなにか時間がかかったりするといけないので、返品コーナーに預けておきますので名前を教えてください」とのこと。

さっそく渡されたメモへ名前を記入しお渡しすると笑顔とともに小走りでその店員さんはレジを越えたところにある返品コーナーに行かれたご様子・・。

ここまでしてくれたんだからなにか買わなきゃ・・と物色する私にその店員さんが三度やってこられました。

「返品コーナが混雑していましたので、もしお買い物が終わりならレジを出たところで私がお渡しします」とレジの向こう側でじっと待っててくださいました。。

買い物を手早くすませその店員さんから付属品を無事受け取る事ができました。


久しぶりにキッチリとした対応でイケアに好感を持ちました。

ちなみにイケアに行くと店内放送で下記のような案内が流れます。

コード99は迷子さん、コードハヤブサはレジの応援、そして
コードパックマンはレストランでのトラブルらしいですね。

◇2009 9/21二十一日寄席

先日の田辺寄席でいただいたチラシを順に見ていくと二十一寄席のチラシを発見。
ちょうど、お大師さんで四天王寺さんと一心寺さんへ参拝にいくのでさっそく電話で予約させていただきました。
早めに会場の前に並び始めたおかげでとってもいい席を確保ww






・桂 米市さん:こほめ
まだまだ初々しさがたっぷりの米市さん。名鑑を確認すると1983年のお生まれで2008年に米團治さんに入門お様子。初々しいはずですね。頑張ってください。
小話を2席されるよりも一生懸命に話されるマクラのほうがよかったかな。。

・桂 雀喜さん:天王寺参り
たまたま、昨日の田辺寄席で雀々さんで拝聴したばかりのネタ。
雀三郎さんのお弟子さんの桂 雀喜さん。
滑舌が明瞭で、メリハリのあるお手本的のような話しかた。
実に対照的。私的には甲乙つけることができないくらい、楽しい時間を過ごすことができました。

桂 団朝さん:短命
まくらがゆうに30分。
明日、米朝さんが退院されるとそのまま金沢へ営業にいかれるお話に加え、米團治さんいじりやラジオレギュラーのお話で、会場はどっかんどっかんの大爆笑でした。
大変申し訳ない事なんですが、今年1月1日の落語会の時に「強情灸」を聞いているみたいだけれどまったく記憶がありませんでした。
「なるほどな・・・出養生 毒も一緒に連れて行き・・か・・」と神妙で、含み笑いをされた表情がとても印象的でした。
三人で90分を越える大満足の落語会。また二十一日が土日になれば参加させていただきます。

◇2009 9/21 お大師さんとお彼岸

◇2009 9/20 田辺寄席《新・じっくりたっぷりの会−桂雀々の段》

第509回 田辺寄席 09年9月20日(日) 昼席 午後1時10分開演 
《新・じっくりたっぷりの会−桂雀々の段》 








   一、花色木綿    林家染左(染丸門下)
   二、天王寺詣り   桂雀々(雀々一門)
   三、509号笑呆亭/「茶目八」   桂 文太(五代目文枝門下)
   四、ステージ漫画  フロッグ西嶋(初代かえる門下)
   五、遺言       桂雀々(雀々一門)



今日は混雑することがわかっていたので早めに会場入りいたしました。
しばらくすると、文太さんと染左さんに続き、雀々さんが来場。
入場待ちをしていたみんなから拍手がまきおこり笑顔で応える雀々さん。この距離感が田辺寄席の魅力なんでしょう。

開口0番では出囃の紹介に続き、「本調子、二上がり、三下がり」の紹介にあわせて、染左さんが標太鼓、文太さんの篠笛を披露。
三味線のお師匠さんもまじえ、息もぴったり。

・染左さん
私の子供の頃から「裏はなに?」と言うとかならず「花色木綿」と答える家族。それくらい昔から聞き慣れた話。やっぱり染左さんは安定感抜群。きっちり楽しませてくださいます。

・雀々さん

昨日の営業先での様子をマクラに大熱演。天王寺詣りのネタはまさに、今の機会にちょうどのお話で天王寺界隈~四天王寺さんの境内の中を案内して歩く描写が、歴史を散策している私にとってはとても大好きなところ。もちろん話しの方も雀々さん独自のクスグリ満載で大爆笑でした。

・文太さん
初めて聞かせていただきました<茶目八>手癖の悪い太鼓持ち「茶目八」を懲らしめる芸者さんと、旦那のお話。
ハイテンションの前の話からうまくクールダウンをさせるように心地好いテンポで笑いを誘う文太さんが印象的でした。

・ステージ漫画  フロッグ西嶋さん
はじてて拝見する芸で、音楽にあわせ模造紙に3色で絵を書いてゆく芸。会場のかたの似顔絵を書いておられて、これがまたそっくり。

・雀々さん
「遺言」は初めて聞くネタ。時間がだいぶ押していたらしくケツカッチンな状態が伝わってきました。しかしまぁ、そのマクラは地元ネタで、梅田の歩道橋に出没する兄ちゃんや阪神地下の改札に出てくる「取り消しばーさん」、まさに都市伝説。どっかんどっかんww大爆笑。小佐田 定雄さんの新作ということで父の死に目に会う事ができなかった主人公が、遺言の内容を桃谷や川口、住吉とそれぞれの知人を訪ねてあるく、まさに大阪色満載のお話。

◇2009/9/20 新世界の串カツ

田辺寄席、最後の抽選会だけゴメンナサイさせていただき会場からタクシーで待ち合わせ場所へ大急ぎ。名古屋から母の友人がお見えになられる日。
その方は私と同年代で先月の飲み会の上六のお店で、リクエストいただいたのが、新世界の串かつ屋さん。夕方16時過ぎから2時間。おもいっきり飲んで、食べてww




見事に、この数年で街の様相が一変した新世界。観光客とジモティーが入り乱れて、だるまさをや八重かつさん、やまと屋さんも長蛇の列でした。某お店に事前に予約したことが幸をなしテーブルで串かつやホルモン焼きを頂きました。やっぱ、シシャモとおはぎの串かつが絶品でしたよん^^

◇2009/9/19 教科書に書かれない幕末史 ~薩摩、長州の台頭~

幕府の権威を取り戻すために行った公武合体には公の権威を利用した武の政策や武が中心となった、航海遠略作もある。
もちろんそれぞれの狙いには長州・薩摩や幕府側の色々な思惑が複雑にからみあっている。
外様でありながら幕府に取り入った島津久光は、一品親王を先祖にもつ毛利家に表舞台座を奪われ腹を立て帰郷した途中の道中で生麦事件がおこった。まったく偉人さんは災難。

持て囃された航海遠略の策もわすが数ヶ月で、長州藩自体から手の平を返されてしまい、ついには君臣湊川の思いで…ついに精神論で即効攘夷を果たすはめになった長州藩。
ただし、薩摩、長州の台頭はまだ倒幕に繋がるシナリオではなかったよう。

現代約文を読ませていただきましたが、長井雅楽さんの全体を分析する視線には感心しました。

現代、人気の武将を問いかけると、おそらく真田幸村さんや、直江兼継。
ところが戦前までは楠木正成さんであったことは事実。その忠誠心がお国のために死力をつくす思想に利用されたそう。君臣報国にすりかわり大変な戦争に利用された正成さんがお気の毒です。

◇2009/9/19 トマトラーメン

マックスバリューの生めんを販売しているところで
みかけた【トマトラーメン】
東洋水産のオリジナルかとおもいきやとまとの里信濃路というお店のラーメンらしい。

夜の7時過ぎ。暗闇の街中でこのお店の付近だけが妙に活気があります。20人少しの客席はすでに満員。メニューはこのトマトラーメンのみ。
カウンターの上の張り紙には「麺を全て食べたあとで残ったスープにゴハンをいれるとリゾット風になりおいしい」とのこと。
さっそく私も挑戦。美味しく頂きました。


たしかに分類できない複雑な味でトマトの酸味や甘みが複雑に
絡み合っていてて奥深い味。

残念ながら最後の1滴まで飲み干すことができないスープでしたがたしかに個性派1番の味であることには間違いないラーメンです。

場所:地下鉄中央線阿波座駅1番出口・西区靭本町3-7-1

◇2009 8/23 福澤諭吉展

一坂太郎先生の著書を拝読すると、大阪にはいかに史跡が多いかをあらためて認識します。

大阪市立美術館で行われている【福澤諭吉展】へ行くために天王寺公園を通り美術館を目前にして「そういえば・・この近くに石碑があったこと」を思い出しました。一坂先生の書物の通り「ひっそりと忘れ去られたような場所」にその石碑はありました。
佐久良 東雄先生の碑>で、この方は幕末、尊王思想を説かれ、あの桜田門外の変の際の関係者である<高橋多一郎親子>を匿った事や、獄中で「徳川の粟は食まず」と断食され自ら命を亡くされた方です。
また<高橋多一郎親子>のお墓は四天王寺さんの墓地の中のすぐ手前にあります。壮絶な最後だったようで<怨霊消滅>と書かれた石碑が痛々しく大阪の幕末の様子を偲ぶ事ができます。


さて福澤諭吉展では、さすがに慶応義塾大学の祖である福翁。様々な事象を裏付ける資料が豊富で、清廉潔白で実直なお人柄をうかがう事ができました。
勝氏と仲がよくなかったそうでおもわず、クスッとしてしまいました。

◇2009/8/23 アシスト亭 ~見逃した・・(-_-、)

第二回アシスト亭
後から知りました。。。。。。。。。



第二回アシスト亭
行きたかったぁぁぁぁぁ。。。



第二回アシスト亭
案内状・・・きてへんし。。。。。。





(´Д⊂グスン

◇2009/8/15 第504回 田辺寄席 《新・じっくりたっぷりの会-笑福亭小つるの段》 

第504回 田辺寄席 09年8月15日(土)昼席
 《新・じっくりたっぷりの会-笑福亭小つるの段》 にいってまいりました。

1.寿限無      笑福亭松五(松枝門下)
2.裏向き丁稚   笑福亭小つる(六代目松鶴門下)
3.504回笑呆亭/「八度狸金玉仇討」   桂 文太(五代目文枝門下)
4.宮戸川      笑福亭恭瓶(鶴瓶門下)       
5.千両みかん   笑福亭小つる(六代目松鶴門下)

さて、1ヶ月ぶりの田辺寄席。
この春からずっと第3土曜はお勉強会に行くことになっていましたが、
今月だけはお盆ということでずれこんだおかげで、小つるさんの落語を楽しませていただくことができました♪

さて、笑福亭松五さんの高座をはじめてお聞きさせていただきました。ご本人もいわれていましたが入門されて6年とのこと。これからもがんばってくださいね。
「寿限無」はこれだけメジャーなネタなのにあんまり聴く機会のないネタなんで楽しませていただきました。

さて、お目当ての小つるさんの裏向き丁稚。丁稚さんと旦那さんとの掛け合いが絶妙です。
だんだん頭に乗る丁稚の態度が絶妙でした。

さて文太さん、「八度狸金玉仇討」 は文太さんの作とのことで、上方落語のネタ「七度狐」よりも
たちの悪い狸さんにおなじみの喜六、清八のコンビの西の旅へ行く道中に
狸の大事なところにやいとをすえたために、
その仕返しでなんども狸に化かされてしまうというはちゃめちゃ大爆笑のお話でした。

さて、笑福亭恭瓶さんの宮戸川」。マクラで・・あれ??関東の方??って感じで時々大阪弁。
どうもネタもそんな内容でしたが、「東京からかえってきたお花ちゃん」と「行灯に火をつけろ」という
セリフからして・・明治初期??意表をついた出だしなので設定がわかんなくってドキドキしちゃいました。

さていよいよトリの笑福亭小つるさん「千両みかん」。最近会社への行き返りに携帯音楽プレーヤーを使用して落語を聴いている私で、一番はじめにはいっているのがこの「千両みかん」(米朝さん)なんですよね。
なんども聞いているこのお話なんだけど、ほんとに落語って演者さんが違ったらまた違う面白さがあるようで、若旦那と番頭の会話や、番頭が赤物市場へ行き着く道中、そしてみかん問屋の番頭との会話などなど・・聞いたことのないフレーズがいっぱい。すごく丁寧な千両みかんでした(*^.^*)エヘッ。  

◇2009 8/15 戊辰戦争の足跡

勝てば官軍。。。今までの正義が覆り、幕府が賊軍となり戦った戊辰戦争。日本国内での長い戦いです。
ドタバタの京都から函館五稜郭までを場所を移したこの戊辰戦争の足跡が大阪一心寺さんにあります。

施餓鬼法要の慌しい境内の一角にそっと立っています。

建立は明治31年。旧幕臣の方が偲んでこの一心寺さんへ建てられたのでしょう。
この一心寺さんは、大阪でも数少ないご宗旨を選ばないお寺で、骨仏さんでも有名なお寺です。
お参りされた際には山門を入られて一番突き当たりにありますのでそっと手を合わせてください。

◇2009/8/9 法要雑感

ちょうどこの時期、各家々ではご先祖様を自宅にお迎えし、そしてまたあちらの世界に返って往かれる御霊へのお盆の法要が行われることとおもいます。
我が家は世間よりすこしだけ早く行うことになっていて、も通例では例年は8月の第一日曜ですが
今年のみ変則的でこの第二日曜になりました。
 毎年のように、私が幼少の頃より我が家に起こし戴いている尼さんのおられる庵へ直接お迎えにいき、
そして無事に今年も終えました。

実は私の本家は浄土宗ですが我が家は事情があり、
代々曹洞宗でもちろん聞きなれたお経ももちろん曹洞宗のお経なのです。

今年早々に公開された「禅」鑑賞した経緯から、その春に永平寺へお参りにいった際にあまりの感動の勢いで
わずかながらに寄進させていただいたご縁で「修證義」を頂戴しました。
もちろんこの教本には「摩訶般若波羅蜜多心經」や「普門品偈」が掲載されていることから、
子供の頃から聞き覚えていたお経が今回から活字で追う事ができました。

道元さんの説かれた「禅」は奥深く、私が語ることなぞ恐れ多いわけですが「修證義」は道元さまが
極意としてかかれた書かれた「正法眼蔵」の抜粋なので漢字を追うとなんとなくおぼろげですが言わんとしていることがわかります。 

ありがたいことです。ほんとうに、ありがたいことです。

◇ 2009/8/8 教科書に書かれなかった幕末史 ~安政の大獄と井伊直弼~

驚きました。

いままで安政の大獄=井伊大老による、過激攘夷思想の言論や思想弾圧だと信じていたし、そう習いました。
だから吉田松陰さんが矢面に立たされ斬首になったんだと。。

ところがどっこい吉田松陰先生は、本来はまったく関係のないましてや斬首になるはずがなかった方なんだと知りました。

14代将軍継承問題から本来の血縁を重視する南紀派(慶福)と一橋派(慶喜)の熾烈な争いから日米修好通商条約の勅旨をもらうために京都に行っていた南紀派堀田 正睦が勅旨をもらうことが出来ず状況を鑑み、朝廷を見方につけるためには一橋派が有利と寝返る。また南紀派の工作で松平慶永京へが送り込んだ橋本左内、島津斉彬が送り込んだ西郷吉之助の動きか南紀派の井伊直弼は察知。長野主膳を九条尚忠にいろんな情報を流すことで一橋派の動きを阻止。

そんな状況の中、井伊直弼が大老に就任。一気にさまざまな問題を片付けはじめる。
将軍問題は慶福とする!また日米修好通商条約は調印完了!まさにヾ(・・;)ォィォィってかんじ。

調印した4日後に13代将軍家定が死去。。そして14代将軍は慶福改め家茂となる。

まだまだ続く大老の弾圧に一橋派のプライドの高い御三家のひとつ、徳川斉昭が猛反撃!孝明天皇に大老の暴挙を叱ってもらおうと接触に、見事に成功!これが戊午の密勅。
その内容はいままで政治には口出ししなかった天皇とはおもえず、「政治はね、幕府だけで独裁にしないで外様等すべての藩を含めて合議制にしなさい!」との内容。この勅旨が水戸藩と幕府に送られてしまいました。

さてのこ勅旨で井伊大老さんが「ははぁぁぁ~m(__)m」ってなるはずがまったくの逆効果!というか逆切れ!

私をコケにしたらこわいぞー!ってこの密勅を得るために動いた関係者を静粛しはじめました。
これが有名な安政の大獄。

吉田松陰先生はなぁんも関係がないww。

この後、静粛も終わり新しい万延元年。幕府は安泰♪とおもいきや密勅が依然水戸藩にもあるのは非常に具合が悪い。それでなくても写しが各藩に送られていてこのままだと威信にかかわると考えた井伊さん。
水戸藩に使いを出しました。「あの勅旨は天皇に返せ!」それでなくても青息吐息の水戸藩。返却の方向で動いていたものの下級武士からの突き上げがおこり、長岡に集結。このままじゃ水戸藩ピンチと考えた上層部が同士討ちにはなるものの鎮圧をはじめたけれど、数人が脱藩し、江戸へ向かいました。

井伊さんを暗殺し、異人館を焼き討ちし京都で薩摩藩の兵3000人と合流し天皇より勅旨をGETし、幕府の転覆を狙おう。こんなストーリだったそうですが、島津忠義は事前に薩摩藩にはNGを警告。そうとは知らず桜田門外の変が勃発。水戸藩士17人、薩摩藩士1人で目的を果たしたということ。ちなみにクビを切られた井伊大老、彦根ではお家が断絶してしまうので家督相続させるために重症をおって生存していることにして、無くなったことが公表されたのはほぼ1ヶ月遅れ。

また幕府転覆を狙って活動した水戸藩藩士 高橋親子は大阪四天王寺まで逃亡しすさまじい切腹をしたとのこと。数年前に散策に行った際「怨霊退散」と書かれたお墓が四天王寺にありましたがそのお墓が高橋親子のお墓だったようです。

歴史は強いものが作っているわけで・・でもホントは生きてきた人の数だけ歴史があり、もちろん自然にも歴史があります。
教育の場でも作られた歴史があるようですね(^_^;)

◇2009/8/3 夏の風景

舞洲と北港をつなぐ橋と積乱雲。
キラキラと反射する水面に鮮やかに写る空の青色が眩しい風景です。

◇2009/7/30 プランター

この初夏頃に会社の同僚さんから小さな鉢植えの草をいただきました。
たしかなんばパークスかなんばシティのイベントで頂いたとのこと。

自宅へそっと持って帰り、大き目のプランダーに移し変えたところ
それはそれは・・見違えるくらい大きくなっちゃってww

やっぱ嬉しいものです^^

◇2009/7/29 我家に残る戦争の爪跡

毎年7月末になると思い出します。

 昭和20年の1月の空襲に加え、その後、昭和20年3月13日、B29大型爆撃機が100機以上飛来した空襲だけでも6月1日・6月7日・6月15日・6月26日・7月10日・7月24日・8月14日とあったそうです。港区でベビー関連の縫製工場を営んでいた祖父と祖母の言いつけで、私の母は3月13日の空襲後すぐに滋賀県の祖父の本家(近江八幡 市辺村)へ疎開。続いて祖父、祖母も避難してきたそうです。当時の家計を支えていた商売道具ともいえるミシンとそして古いアルバムを数冊・・そのおかげで今の私がいて次の世代に伝える事ができました。
1回目の空襲では当時の家の向かい側までが全て全焼。そして6月1日の空襲では私の家も全て焼けて何も残りませんでした。
 戦争が終わって母は、祖父と祖母に連れられて港区の当時の家を見に行ったそうで、焼け野原と瓦礫が積まれている焼け野原に自分の家の冷蔵庫だけがポツリと立っていたのを寂しそうに話してくれました。
  当時港区は大阪から南方に出兵する兵隊さん達のターミナルでもあり、水や食糧を補給する寄港地の役割を果たしておりその労役に従事を強いていた人足として捕虜収容所が存在していました。
  また物資を蓄える倉庫も豊富にあったので攻撃の対象になっていたのでしょう。
その爆撃でくさんの方々が亡くなられその中には当時の私達家族と親交の深かった方々やお世話になった方々が多くおられたことでしょう。

〔我家で保管している写真です。掲載のため画質を低下させていますが、ご希望の方がおられましたら高解像度写真も用意していますのでお申し出ください。〕

《S14年頃 港区石田呉服町 空襲に備えた練習》
※石田呉服町1丁目と思われます。九洲軒という理美容店の看板が読み取れます。この写真の向い側に私の祖父・祖母と母が暮らしていました。私の祖母が写っています。



《呉一会(石田呉服町1丁目)の旅行》
※場所は不明です。戦争の色が日増しに強くなるにつれ服装が変化してきます。



《呉一会(石田呉服町1丁目)の旅行》
※三重県の二見ケ浦 夫婦岩です。







《呉一会(石田呉服町1丁目)の旅行》
※奈良県若草山です。私の祖父が写っています。






《呉一会(石田呉服町1丁目)の旅行》
※香川県栗林公園だと思われます。





《昭和20年石田幼稚園》
※私の母が写っています。真ん中の男性は園長先生でしょうか?軍服姿にゲートルを巻かれています。

◇ 2009/7/26 第49回 めふ乃寄席

◇ 2009/7/26 第49回 めふ乃寄席 昼席

「手水廻し」  桂 そうば
「蟇の油」   林家 染左
「崇徳院」   桂 阿か枝
「算段の平兵衛」 林家 竹丸

「手水廻し」  桂 そうば

桂 そうばさんはざこば一門の末席とのこと。ひさしぶりに拝聴した「手水廻し」で会場は爆笑。
福岡県のご出身ということで、大阪に出てこられた際の変な言葉を例にして
今回の手水という単語を上手に説明されていました。

「蟇の油」   林家 染左

林家 染左さん 「蟇の油」 では、昨日の天神祭りのお話から見世物、大道芸への流れで自然に・・そして
見事にお酒に酔ったデロンデロンの浪人を演じておられました。

「崇徳院」   桂 阿か枝

桂 阿か枝さんは、7/19の田辺寄席で「金明竹」、そしてその前には「しびんの花生」「ねずみ」と
聞かせていただいています。たしかに聞くたびに上手くなられましたよねーって感激しています。
マクラのカンニングの話しですっかり心を掴まれてしまいました。

さて、、先日この「崇徳院」は桂 福若さんで聞かせていただきましたが、演じられている方のキャラが
非常に対照的で落語のおもしろいなと感じました。
福若さんが手伝いの熊さんなら、阿か枝さんは作次郎。
また、いずれもが熊さんならば、がさつで起床の激しい人or出入りの一本気な押しの弱い商人という感じで
楽しませていただけました。

「算段の平兵衛」 林家 竹丸

久しぶりの平兵衛です。米朝全集で聴いただけでナマは初めてです。
算段とは?おめかけさんとは?色々とこのお話の背景を前置きとして説明しなければならないのは、辛いところです。
世界一可愛そうな死骸のお話ですがなかなか演じられないネタだけに貴重な体験をさせていただきました。

さて今回が49回、次回はいよいよ記念の50回となり、大物ゲストがご登場です。
年4回の公演なので12年半・・・。継続は力なり。最後になりましたが本当におめでとうございます。
次回も目イッパイ楽しませていただきます^^

◇ 2009/7/19  第503回 田辺寄席 09年7月19日(日) 昼席

◇ 2009/7/19  第503回 田辺寄席 09年7月19日(日) 昼席







《新・じっくりたっぷりの会-桂枝三郎の段》
一、金明竹        桂阿か枝(五代目文枝門下)
二、羽織         桂枝三郎(三枝門下)
三、503回笑呆亭/「六尺棒」から  桂 文太(五代目文枝門下
四、「太閤記」より天王山のとり槍 旭堂南北(三代目南陵門下)
五、天神祭        桂枝三郎(三枝門下)

さて今日はお天気予報では雨空・・でもなんだか快晴。最近の天気予報は当らないようで、それだけ低気圧の移り変わりが激しいのでしょうね。

さて一番太鼓の後に続いて開口0番。文太さんより「はめもの」についての
お話がありました。
文太さんのお話にあわせ実演していただきましたのは桂阿か枝さん。
締め太鼓や大太鼓をうまくたたき分け、また当たり鉦や銅鑼も器用に
演奏くださいました。

一、金明竹        桂阿か枝

桂阿か枝さんの高座は今回で3回目。この半年の間に1/25 「しびんの花活」・4/26 「ねずみ」そして今回の「金明竹」を聞く事ができました。

素人の私がいうのもなんなのですが、ビックリしました。
すっごくお上手になられていて、簡単に私の脳裏には天然ボケな小僧さんと難儀する番頭さん、そして後半にはごりょんさんと加賀屋佐吉方のお使いの方の情景がイキイキと浮かび上がりました。

二、羽織         桂枝三郎

はじめてお聞きさせていただく噺家さん&お話です。
桂枝三郎さんはすっごぃ個性的な印象でいかにも噺家さんのご様子です。

初めての田辺寄席ご出演ということで、「羽織」に入るまでに色々と軽話で心をつかみ本題に入っていかれました。
桂枝三郎さんが事前に言われていた通りのお話でしたが若い衆の話し口や表情、また羽織を借りにいった先での
やり取りが印象的でした。

三、503回笑呆亭/「六尺棒」から  桂 文太

その手があったかwwwって思わせるぐらいの大爆笑!
同じような年代のお子様が居られるようで共通点がありすぎです。
久しぶりにみました。
おそらく、キューティムーンロッドでセーラームーンRのはずww
微笑ましいお話から本題の親不孝息子のお話へ。
もう可笑しくて可笑しくて。腹筋が痛かったです。

四、「太閤記」より天王山のとり槍 旭堂南北

久しぶりの講談です。
歴オタなのですごく大好きなお話です。
「時は天正10年6月2日」から中国大返しを経て天王山へ。
楽しませていただきました。

五、天神祭        桂枝三郎

トリを務められました桂枝三郎さんです。この「天神祭」というお話しの内容が旭堂南北さんのお話とかぶるとのことでお話を変更されました。
「いたって気楽な男、よそから鯖をもらいまして・・」え?これ・・『地獄八景亡者戯』やん。いまから1時間近くあるネタをするの?

上手い具合に大筋には関係の無い「ふぐの若旦那衆」の話しや「責め地獄の下り」を割愛されました。
いたるところに 桂枝三郎さん独自の笑い所満載!

ほんとうに楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。